第3話 イレミアの暴走
実はイレミアには、自分が買い物好きであるという自覚があった。
とある理由で旅を始めてもう二ヶ月ほど経つが、いまだに旅行気分が抜けず、どこに行っても爆買いしてしまうのだ。
しかも、買った物をどこかに預けるのも嫌だった。
というわけで自分の護衛騎士であるアリスとディクシアが持つ羽目になるのだが、これにはいくつか問題があることも分かっていた。
一つは邪魔になること。
いくら二人がプロだからと言って、この荷物が戦闘時に邪魔になることは必至である。
そして、もう一つは二人の疲労の原因になることだ。
だが、分かっていても手放せないでいるというのが現状だ。
一度この都市に来たばかりの頃にアリスに提案されたことがある。
「イレミア様、この荷物……ここで売ってみたらいかがでしょう?パーレダスは商業都市ですから、きっと高く売れますわ!そしたら次の都市でもっと良い物が──」
手持ちのお金のことを考えるとそれがベストの手段であることは分かる。しかし、そのときイレミアは「せっかく買ったのにもったいない」と却下しまったのだ。
若干自己嫌悪になりながらもせめて代案を……と思っていたところにアリスが呟いた言葉が聞こえたのだ。
「どこかに良い荷物持ちがいないかしら」という言葉が。
(そうよ、荷物持ちを雇えばいい!)
イレミアはさっそく行動に移る。ディクシアが気付いた気がしたが、それでもやめることはせず、こっそりと人混みに入っていったのだった。
しばらく歩いていると、屈強な体を持つ男達がたくさんいた。いつの間にか港の方にまで出てきていたようだ。
男達は、イレミアの三倍の重さはあるであろうに持ちを軽々と運んでいた。
しかし、イレミアは単純にすごいとは思ったが、雇う気にはなれなかった。
「ここはダメか~。じゃ、次はこっちに……」
と、移動しようとした時、近くの店から一人の少年が出て来るのが見えた。
透きとおるような白い肌、ゆるくウェーブのかかった灰茶色の髪、エメラルドを思わせるかのような美しい瞳、ボロボロの格好をしていてもなお際立つ美少年ぶりが印象的だ。
さらに少年はその背にアリス達が持っているそれより、一回りほど大きなリュックを背負っていた。
(あの格好……相当旅慣れしてそう、かなり力持ちだし、美少年!)
これを逃す手はないとばかりに自分の横を過ぎて行こうとする少年の腕を掴む。
そして、天使のような微笑みを浮かべて言い放った。
「ねぇ、あなた……私の荷物持ちになりなさい!」
「……あんた、バカっすか?」
一瞬、思考停止に陥る。
目の前にあるのは、思いっきり呆れた顔を浮かべる少年。その後ろから走りよるディクシアが見えるが、そんなことはどうでもいい。
アンタ、バカッスカ?
まるで、それが異国の言葉であるかのように、理解するのが遅れた。
「は……?あなた、今なんて言ったの?」
「バカって言ったっすけど、それが何か?」
再び少年がそう言うと、イレミアは完全にブチ切れた。子供のように少年に飛びかかろうとしたが、追いついたディクシアに抑えられる。
「あ、あなたねぇ!誰に向かって言ってると思ってるの!?私は、【海の王】の──」
ディクシアは慌てて怒りに任せて激昂するイレミアの口を押さえて辺りを見回す。幸い、聞いていた者は居なかったようで、ほっと息をついた。
だが、目の前の少年表情はイレミアが叫んだ瞬間に冷め切ったものに変わっていた。
「なるほど、あんたは王族っすか。どーりで礼儀もなってないわけっす。」
少年はイレミアの手を払い、吐き捨てるように言った。
「俺はあんたみたいなバカ娘と一緒になんて御免だね。──他をあたりな」
少年は宝石のようなその瞳を激しい憎悪に曇らせ、イレミアを睨んでいた。
イレミアはその剣幕に怯み、僅かに身を引いた。
やがて何も言い返さないのを見とめると、少年は踵を返し静かに去っていった。
ディクシアは、アリスとともにいまだに怒りの収まらない主の様子をぼんやりと見ていた。
だから、気付けたのかもしれない。
視界の端……イレミアの遥か後ろの方に、明かりも持たず、暗い路地の方へ歩いていく例の少年がいたのだ。
とくにおかしな点があったわけではない、だが、少し心がざわつくような感覚に襲われる。
彼は、一瞬アリスに視線を送る。その合図に気づいたアリスは、周りに分からないほど小さく頷いた。
ディクシアは、テーブルの上にあった燭台を一つ取ると、少年の後を追いかけて行った。
それが、彼に不幸をもたらすこととなるのも知らずに……
【補足説明】
イレミアの護衛騎士アリスは大剣、ディクシアはレイピアで戦います。
アリスの武器は重いうえにかさばるので人の多いところでは持ち歩きませんが、素手でも戦闘可能です。
ディクシアはいつもレイピアを携帯しているため、素手ではあまり強くありません。
地位は、イレミア≫アリス>ディクシアの順になっています。




