第7話
突然のことで目をぱちくりさせる。助けを求めるように周りに視線を送るが、彼らもまた私と同様、彼女の行動に呆気にとられてしまっていた。
役に立たないことこの上ない。
「…カリーナ、そこまでにしとけ。彼女が困ってる。」
ようやく1人の男性がカリーナに声をかけ、抱擁地獄から助けてくれた。いや、地獄と言っては失礼かもしれないが。その声で彼女も我に返ったようで、一言謝って離れてくれた。
一体今何が起こっていたのだろうか…。ほっと胸を撫で下ろしながらちらりと先ほどの彼へと目をやる。
「大丈夫か?すぐ助けてやれなくてすまなかったな。俺はロンバルトだ。こいつ…カリーナは前々から気に入ったものを見つけると飛びつく癖があってだな…。」
どうやら彼はロンバルトという名らしい。カリーナを指差しながら険しい顔で言った。その言葉にカリーナは口を尖らせる。そして「失礼ね!」とロンバルトを肘で小さくつついた。
「ありがとうございますロンバルトさん。私もちょっと驚いただけなので大丈夫です。」
「そうか?ならいいんだが。」
「そうですわ!別に変なことをしたわけじゃありませんもの!」
「お前の台詞じゃないだろうそれは。」
黙っていたカリーナは私の言葉に安心したのか、ロンバルトに突っかかっていった。しかし的確な突っ込みを冷静に入れられてしまい、拗ねたようにそっぽを向いてしまった。
えーーーっと、どういう状況だろう。
私が反応に困っていると、それに気づいたリアムが助け舟を出してくれた。
「えと、最後はジェシカだね?」
「えっ?あ、あぁ…そうね。」
先ほど会ったジェシカという女性は何やらバツが悪そうにゆっくりこちらに歩いてきた。もしかしたらさっき私を睨んだことでも申し訳なく思ってくれているのかもしれない。
もしそうなら彼女は、悪い人ではないということだ。
「先ほど会いましたね。」
「え?ええ、さっきはまともな挨拶ができなくてごめんなさいね。ジェシカよ。」
「いえ、何か用事があったのでしょうし。それと…。」
私は口元に片手を添え、小声で「リアムさんの彼女ではないので安心してくださいね。」と彼女だけに聞こえるようにそっと呟いた。
どうやら私の勘は当たっていたらしい。彼女は顔を赤く染め、どうしてと慌てたように私に詰め寄る、
どうしてと言われても。態度ですぐ分かるというか…。
「リアムさんを見る目が優しいですし、私のことを紹介されそうになったとき、逃げたじゃないですか。」
こそっとそう教えてあげると、図星だったのか彼女はますます顔を赤くした。そしてはにかんだように笑うと「そうね、その通りだわ。」と一言、元いた場所に戻っていった。
何を話していたのかとリアムに声をかけられ、彼女は妖艶に微笑みガールズトークよ、と人差し指を口元に当てた。
夕食の時間まで部屋でゆっくりしていてと言われ部屋に戻ってきた私は、ばふっと勢いよくベッドに飛び込んだ。
結論から言うと、リアムが仲間だと言っていた彼らはとてもいい人達だった。マイクは嫌な顔せず私の質問に答えてくれた。カリーナはどうやら小さい物や子供など可愛らしいものが好きらしいのだ。私は子供じゃないし、小さくもない……と信じているので不本意だが。
ロンバルトとカリーナは昔からの長い付き合いだそうだ。だからあんなに仲が良さそうに言い合っていたのだ。幼なじみみたいなものだろう。私にはそんな存在いないから、少し羨ましい。
そしてジェシカには最初こそ嫌われていると思ったものの、話を聞けばただの恋する乙女というやつだと感じた。
私は混血であり、今日ここに来たばかりである。謂わば、よそ者。正直に言えばそういう扱いを受けると思っていた。表面上ではリアムの顔を立てるためにも迎え入れてくれるだろうが、そういうのには敏感なため気づいてしまう。
しかしそんなことは誰一人としてなく、本当に快く受け入れてくれているのが分かった。こんなに早く彼らと打ち解けられたことがとても嬉しい。
ベッドの上でごろごろとしながら、ぼうっと天井を見つめる。勢いでついて来たものの、一言書き置きでも何でも、何かしら残してくれば良かっただろうか。
荷物がここにある、ということは家にあった私物がまるごと消えたということになる。香織さんはあまり深く考えないだろうが、メイドの人達は少なからず慌てるに違いない。
そこで、ベッドから体を起こす。横に置いてあるスクールバッグのポケットからケータイを取り出し、仲の良かったメイドの1人にメールを作る。
『いきなり家を出てごめんなさい。沙希ちゃんと会えないのは辛いけど、私は私の道を進むことにしました。今まで、居場所のない私を気遣ってくれてありがとう。本当のお姉ちゃんができたみたいで凄く嬉しかったです。またどこかで会えることを願っています。』
送信完了の文字と共に、私のあの家での生活に終止符が打たれた。これがいい機会だったのかもしれない。いずれはあの家を出て行くつもりだった。でもまだ高校生の私には、独りで生きていく術なんてなかった。だから肩身が狭くたって、寂しかったって、あの家にいた。
仲の良いメイドもいた。食事もちゃんと与えられていたし、学校にも通わせてもらっていたのだから、文句なんてない。
この18年間を思い出して、少しだけ胸が痛んだ気がした。