第5話
もう1つのメッセージは高校の友達からであった。彼女とは3年間同じクラスで、入学式の時に席が隣だった。
私の父が死んだというのを誰か……恐らく担任からでも聞いたのだろう、大丈夫?元気出してと私を心配する内容だ。
何かあったら相談してね、と最後に書いてある。
頬がじんわりと熱を持つのがわかった。正直こんなメッセージをくれる子が周りにいたことに驚いている。こんなこと言ってもらえるような人間ではない、私は。
女の子特有の馴れ合いが嫌で、グループに所属しなかった私には、それこそ同じような子や物好きな子しか友達と呼べる子はいなかった。
そんなつるむ友達がしょっちゅう変わる中、1人だけ何度も話しかけてくる子がいたのだが、それが彼女である。まさかこんな時に連絡をくれるほどとは思ってもみなかった。
もしかしたら私はあの子を見くびっていたのではないだろうか。私が一方的に距離を置いていただけで、彼女は、クラスで彼女だけは本当にずっと私を好いていてくれていたのかもしれない。
そんなのは思い違いでしかないかもしれないが。
しばらくケータイの画面を見つめ、何度も文字を打っては消し、打っては消しを繰り返した。しかし、とうとう返事を送ることはできなかった。
今更、図々しく返事なんて返せないよ。力なく腕を降ろした振動で、ケータイは手からこぼれ、床に落ちた。
きっとすぐに忘れてくれるだろう。そう心で願い、私はケータイを拾いなおして部屋を出た。
部屋の前が階段で良かったと心底思う。階段に辿り着くまでにも迷ってしまっては仕様がない。私は何気に方向音痴なのだ。地図だって正直不安だ。まともに読める気がしない。
そう、階段を降りたところまでは喜んでいたのだが。
2階についても、目的の大広間が見つからない。いや、見当たらない。いくら地理に自信のない私とて館の端から端まで1つずつ部屋の札を見れば辿り着くはずである。
しかし……どうしたものか。
地図と自分の立つ位置を見比べて首を傾げる。地図上のそこには確かに“大広間”の文字が書かれているのだが、ぐるりと見渡してもこの場にその文字は見当たらない。
「……ここ本当に2階よね?」
地図を持つ手をだらりと下ろし、思わずそう呟いた。
左手の腕時計に目をやるともうすぐ約束の時間であった。せっかく私を紹介してくれるというのに当の私が遅刻するわけにはいかない。
「…あ。」
“紋章に手をかざしてごらん”
不意にリアムの意味深な言葉を思い出す。そうだ、普通困ったら大声で大広間がどこか叫べばもしかしたら早く来てる奴がドアを開けてくれるかもしれないだとか言うわ。無茶苦茶だけど。
紋章に手をかざしたところで……何が起こるというの?
恐る恐る左腕の裾をまくり、刻まれたばかりの「R」の文字が見えるように腕を真っ直ぐ伸ばす。そして右手をその文字の上にかざした。
その途端、先ほどリアムがしたときのように、文字は青く光り同時に左側の壁にRの文字が青く浮かび上がった。確かあそこは部屋と部屋の間で何もなかったはずだ。
自分で自覚する以上に興奮している自分がいた。リアへ来るときの高揚感といい、ここ何年も感じていなかった言いようのない気持ちが沸き上がってくる。
もしかしたら、変われるかもしれない。お嬢様と育てられ、学び、我慢し、感情を表に出さず表情を変えない作り物のような自分から。
ゆっくりとそこへ近づく。
するとさっきまではなかった扉が現れていたのである。
そっとその扉を押すーーーー。
「あぁ、エラ。この場所が分かったようだね。」
部屋に入るなり、笑顔でリアムが声をかけてきた。他にも男が2人と女が2人、私を見つめている。その中に先程出くわしたジェシカと呼ばれていた女性もいる。
なにやら不安そうにこちらを伺う彼女に思わず笑みを零してしまいそうになる。
「リアム、まさかこの子が?」とリアムの隣に立っている女性が小声で問いかけている。
それを聞いた彼は小さく頷き、私に手招きをした。
この状況で近づくのも勇気がいるのに全く、困ったものだ。周りの視線を気にしながらも、彼の近くに寄ると、彼は私の肩を軽く叩いて口を開いた。
「この子がさっき話したエラ。彼女はあのエマの娘で、最近覚醒した。」
「なっ!?エマの娘だと!?」
リアムの言葉にいち早く反応したのは短髪でガタイの良い男だ。その容貌で想像するのはラグビー選手か漫画に出てくる熱血の体育教師といったところか。
彼も同様、金髪で青い瞳を持っているが。
「そうだよ。エラ、僕の仲間を紹介するね。今叫んだこいつはマイク。フェイスではレガードの姓を語ってる。見た目はいかついが、いい奴だ。」
「いかついは余計だリアム。」
短髪の男もといマイクは不服そうにリアムを睨んだ。
リア特有の容姿は美しく魅せるだけではないらしい。マイクはその容姿によってより恐ろしさが増長されている。
それでいていい奴らしい彼は、見事に漫画に出てきそうなキャラクターをしている。
リアムに向けていた目をこちらに向け、何かを見定めるかのように数秒ほど私を見つめていたかと思うと、ころっと表情を変えてみせた。
なんだか面白いなこの人。
「たしかに似ている…。まさかエマが娘を産んでいたとはな。しかも覚醒済み、か。なるほど金の瞳なぁ、混血だな。」
「エラです、金井エラ。よろしくお願いします。ええ、母は人間の父と結婚したので。」
まるで懐かしい旧友に会ったときのような声色で語る彼にどこかあたたかくなる。
父が人間である事を伝えれば彼は納得したようだった。それよりも、リアムは知らなかったが、マイクは私の瞳の色を見てすぐ混血だと悟った。彼は誰か他の混血と出会ったことがあるのだろうか。
私と同じ境遇の人がいるのなら会ってみたいと思い、マイクに聞いてみる。
すると彼は平然とした顔で頷いた。
「俺の知り合いにいる。もっとも、お前と違ってそいつは吸血鬼とのだがな。」
「吸血鬼…。」
この世界には吸血鬼もいるのか。どうやら彼の話では、現在19歳で混血のことを隠して学校に通っているらしい。もしかしたら地球と同じような差別の文化もあるのかもしれない。しかもリアの場合は人種間ではなく種別間……見た目が違うどころの話ではない。
私も、隠した方がいいのだろうか。ただ見た目を変えるカラコンは地球にしかないし…。
ちなみにこの世界では小学校、中学校……などの区分はなく、何歳でも試験にさえ合格すれば入学できるそうだ。だがやはり1学年の授業内容は日本でいう小学6年生のそれと近く、入学試験の時点で学力が上回っていれば最初から飛び級ということもよくあるという。また、年に何度かある試験によって飛び級、落第もあり。そして入学から卒業までは5年間。
基本的に学校は大きな街なら1つはあるらしい。私も気になる。あっちの世界とでは学ぶことは相当違うはずだ。私も学校に行きたい、そう口にしようとした瞬間、マイクの後ろからさっきリアムに私のことを確認していた女性が前に出てきた。
自己紹介の続きが始まりそうなので、私はそっと口を閉じた。これは後で話せばいいか。
「マイク?盛り上がるのはいいですけど、あまり独り占めしないでちょうだい。エラ…でしたわね?私はカリーナ。あなたの世界風に言えば、カリーナ=マルタですわ。覚醒したと聞いてはいましたが、まさかこんな若いとは思いませんでしたよ。」
そう言ってすっと手を伸ばしてきた彼女は胸くらいまでの髪を綺麗に巻いていて、少しタレ目がちなためか、おっとりした雰囲気を醸し出している。
何だろう、金髪と青い瞳を組み合わせると美形になるのだろうか。それとも単にリアには美形しか揃っていないと?そんな理不尽なことってあるだろうか。
「カリーナさん、よろしくお願いします……ん?」
おずおずと差し出された手を握ってそう言うと、何やら下を向いてぷるぷると震えだした。何か変なことをして怒らせてしまっただろうか、などと不安に思うが、それは杞憂に終わる。
くわっと顔を上げたかと思うと、私は繋がっている手を引っ張られ、彼女の胸に飛び込む形となった。そしてぎゅうっと効果音をつけたくなるほどに私を抱きしめたのだ。