第4話
どこかその声は冷たく尖って聞こえたが、目の前の彼女は笑顔───しかし寂しげ───である。
もしかしたら、彼女は…と推測していると、リアムが一歩彼女に近づいて口を開く。
「あぁ、ジェシカ。紹介するよ、この子は」
「わ、私、ちょっとやることがあるの。ごめんなさい、後で聞くわ。」
慌てたようにリアムの言葉を遮った彼女、ジェシカは、私たちとのすれ違いざま、本当に一瞬だけだったのだが私を睨んだような気がした。
あぁ、と合点がいく。私もそこまで鈍感なわけではない。彼女に悪いことをしたと思いながら走り去る彼女の後ろ姿を見つめていた。
「彼女、勘違いしたね。」
今もまだジェシカが去った先を見つめる彼は何のことだか分かっていないようだった。
憶測で他人の気持ちを言ってしまうわけにはいかないので、何でもないとだけ返しておく。
再びリアムに連れられるまま廊下を歩いていく。
この館には他にも誰かいるのだろうか。今の所彼女以外の人影は見ていない。あ、でも館の主がいるって言ってたっけ。
そんな私の疑問に答えるかのように彼は口を開いた。
「ここは一種の秘密基地のような所なんだ。優れたルーラーたちが集まって今後の活動を決めたりする。ちなみに、基地は3階までで、その上は寝泊まりできるようになってるから君もここで生活するといい。」
「……ありがとう。」
今日会ったばかりの私にここまでしてくれる彼は、きっと言葉にできないくらい優しい人に違いない。
その後も歩きながら聞いた話によると、どうやらここに集まるルーラー達はそれぞれ部隊を持っており、その隊長というらしい。
1つ1つの部隊はリアの各地に散らばり、普段はそこでの治安維持に携わっているようだ。
やはり警察のようである。
リアムは階段で4階まで上がると、すぐ左の部屋の扉を開けた。目的地はここだったのかとようやく知る。
この部屋はおそらく20畳ほどある大きな部屋だが、彼は私の部屋に用意したと言った。広すぎて申し訳ないと返すと、他の部屋も同じ広さだと言われてしまい押し黙る。
どうやらこの館は随分広く、立派なようだ。
一体この世界はどんなところなのか…。
「家具の移動は自由だから、好きなように使ってね。勝手で申し訳ないけど、君の荷物も運ばせておいた。」
そう言ってリアムは優しく微笑んだ。小走りでベッドの方へ行くと、確かにそこには白い箱に入った私の荷物がある。
きっと彼らには全てがお見通しなのだ。
名前も、住所も、もしかしたら心の声も。
「後で君をルーラー達に紹介しようと思う。そうだな、今は6時だから…2時間後に2階の大広間で。ちなみにさっきの彼女もルーラーの1人だよ。地図を渡しておくけど、もし迷ったら左腕の紋章に手をかざしてごらん。じゃあ、後でね。」
何か含みのある笑顔を見せたリアムは地図を渡すと部屋を出て行ってしまった。「お礼言いそびれちゃったなあ。」と小さく呟いた私の声は静まった部屋に消え入った。
一つため息をこぼし、ベッドに倒れ込む。
壁は淡いブルーで薄く絵が描かれている。よく見てみるとそれはおそらく天使と人であった。これはルーラーのことだろうか…。
そして床は淡いピンクの絨毯が引かれていた。家具も白を基調としたもので統一されており、ベッドにタンス、クローゼットなど、必要なものは全て用意されいる。
一言で言うと、私の好みそのものだった。説明できない小さな羞恥心から、いつもはこのようなテイストのものは避けてきたのだが、どうやら彼には隠し通せなかったらしい。
お母さん、あなたはどんな思いで彼と結婚し、私を産んだのですか…。一体あなたは何者で、どんな人生を送っていたの。
今日起こった様々な出来事を思い浮かべているうちに、疲れが溜まっていたこともあり、瞼が降りてきた。
しかしあいにく、制服のポケットに入れていたケータイに着信がきたようで、そのメロディーは睡魔を連れ去ってしまう。
ここ、電波きてるんだ…。異世界なんて言うもんだからてっきりもうケータイは使えないものだと思っていたけど。行き来できるくらいだし、きっとリアにも文化は浸透しているのだろう。
ケータイを開くとメッセージが2件。1件は香織さんだ。
"いつまで遊び歩いているつもりです?早く帰って夕食の席に着きなさい。慶太がお腹を空かせているのよ。"
帰宅を催促するものだった。
慶太というのが、彼女の連れ子であり私の義弟にあたる子である。
私は心の中で一言彼女に謝り、彼女のアドレスを消去した。