第零話
「───私の夫も、皆様がお集まり下さいましたこと、きっと喜んでおりますことでしょう。本日は夫、金井元康のためにお越しいただきまして、誠にありがとうございました…。」
マイクの前に立つ彼女は震える声で響かせると、深々とお辞儀をした。それを合図に、何人かちらほらと立ち上がり始める。
若づくりを必死でする彼女の声は普段よりワントーン高かった。会場には鼻をすする音が響いているが、真っ黒に包まれたこの場で、いったい何人の人が金井への涙を流しているのか。
財閥の社長を始め、その息子、大手自動車メーカーの代表取締役会面々……ホストやキャバ嬢の皆さんなど。
見事に豪華な顔ぶれが揃っており、何だか自分には場違いな気さえして気分が悪くなってきた。
この中で恐らく1番近しく、繋がりが深いのは自分であるはずだが、その私は今こうして会場の隅にひっそりと立っている。
私は我慢できず、係りの者に言い、もう外に出ることにした。中にいる間に雨が降ったのだろう、道路は少し濡れて車が水をはねて走っている。
あまり車道側を歩かないようにしよう、心の中でそう思いながら私は常備している折りたたみ傘をさして家に向かった。
私はあの連中が嫌いで仕方がない。もっとも、特別何かされたわけではないが。
あの視線が嫌なのだ。まるで全てを値踏みしているような視線が、上から下までを舐めまわすように動く、あの視線が嫌なのだ。
こみ上げる不快感を散らすように水たまりをわざとらしく踏む。ばちゃん、と音を立てて水が跳ねた。当然のように踏み出した足に水しぶきがかかり、紺の靴下を微かに濡らした。
一昨日の夜明け頃に私の父は死んだ。
死因は肺がんだと私達は父の主治医から聞いている。残酷にも発覚した時にはすでに末期、とても手が施せる状態ではなかったと告げられた。
決して刃物でメッタ刺しにされたわけではなく、屋上から飛び降りたわけでもない。
仕方がないのだ。父ももういい歳である。きっと寿命だったのだろう。
不思議と涙は出ず、父が死んでからこの葬式まで淡々と事が進んだ。
悲しすぎて涙が止まらない、そう見せつけるかのように義母や周りのお偉いさん方が泣く姿を見ては、どこか冷ややかな視線を送ってしまう自分がいた。
しかし、兎にも角にももうあの家に私の居場所はない。父の葬儀が行われたことによって改めて私はそれを実感した。そしてほんの少しだけではあるが、私は心の中でもうどうにでもなれ、なんて思っていた。
踏切の前でいったん足を止める。もうすぐ電車が通る。ここの線路を通る時間周期はもう覚えてしまっている。
私の他にはここに誰もいない。とても静かで、とても……心地が良い。誰にも邪魔をされないのだ。
急にふらりと立ち眩みのような感覚に襲われた。足元がふらついてしまう。
「お父さん、会いに行ってもいい…?」
無意識だった。気づけばそんな言葉が口からこぼれており、そのときだった。遠くから車輪と線路の擦れる音が聞こえてくる。電車が近づいてきているのだ。
─────そのとき私は無心だった。