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 その日から花子と栞、栞兄の友情と恐怖が複雑に入り混じった摩訶不思議な三角関係が始まった。


 栞兄から明日も家に来いと懇願された花子は、結局翌日も大喜びの栞と共に兄妹の家へ行く破目になってしまった。

 もちろん、付き添い兄もセットである。

 視界にイケメンを避けようやく兄妹の家にたどり着けば、栞母に再び大歓迎されてしまった。

 栞母の美味しい手作りおやつを残念にも全く味わえず口に運び、今日はこれで遊びたいと栞が用意しておいたカードゲームで一緒に遊び始めた。

 もちろん、セット兄も必ずセットである。

 とんでもない至近距離でモンスターと円を囲み恐怖に震えながら行うスリル満点のカードゲームは、まるで楽しいはずがなかった。

 ようやく帰宅時間となり栞に惜しまれながら今日もやっと帰れると安堵した矢先、その日も突然モンスターに呼び止められギクリと身体を固めた。

 本当の恐怖はここから始まった。20分間、真摯に送ってくれる紳士なモンスターと2人きりだ。

 その日もモンスターは額に汗が噴き出すロボットカクカク花子のランドセルを当然のように取り上げ、ハンカチで花子の汗を拭き取ってくれる。


「花子さん、明日も家に来て」

「……は、はい」

 決してイケメンのお願いを拒絶できないお口のせいで、それ以降花子は結局毎日のように兄妹の家へ通う破目になるのだった。




 

 

 カラカラと静かにドアを開けると、今まで騒がしかった教室内がしんと静まり返った。

 なぜか教室内にいるクラスメイト全員の視線を一心に浴びた花子は困惑し、一度ドアの前で立ち尽くした。

 ようやくギクシャクと歩き始め、自分の机に着席する。


 見られている。

 確かに昨日まで空気だったはずの花子なのに、今日は打って変わって注目の的である。

 花子はクラスメイト全員の視線を全身モロに浴びながら、あたふたと思考を巡らせた。


(私、何かした……?)

 今まで一度も経験なかったクラスメイトからの関心は、結局いくら考えても原因がわからない。

 この際誰かに声を掛け理由を尋ねてみたくても、クラスメイト達は花子に視線を向けるばかりで一向に近寄ってはくれない。

 しばらくして結局諦めた花子は再び俯き、悶々と1人悩み続けた。


 

「……ねえねえ、あの子が噂の女神様?」

「うちのクラスにいるって本当だったんだね」

「ていうか、あの子うちのクラスにいた? 今まで全然気づかなかったけど」

「でもあそこに座ってるんだからうちのクラスなんだよ、きっと」

「何でも、妹以外で唯一隣を許されたんだって。すごいよねぇ」

「毎日女神様を家まで送り届けてるらしいよ。しかも、女神様のランドセルを自ら取り上げ運んでらっしゃるんだとか」

「「すごすぎだよね、女神様」」

「うん、よく見てみれば確かに何となく可愛いような……」

「うん、確かに何となく可愛いよ。きっと」

「じゃあ、やっぱりあの子が女神様?」

「「だからそうだって」」


 クラスメイト達からコソコソと女神様扱いを受け憧憬の目で見つめられてることなど、当然花子は知る由もないのだった。

 何でも栞兄はあまりにも人間離れした超絶美少年なので、学校内では神扱いされているらしい。

 そんな真実も、当然花子は知る由もないのだった。





 イケメンの願いを断れず毎日恐怖と戦いながら兄妹と付き合い続けていた花子だったが、とうとう1年という長い月日、辛抱を貫き通した。

 稀にも大変紳士だった栞兄のお蔭でイジメられる心配は杞憂に終わり、最終的には慣れにまで持ち込みつつあったイケメン恐怖症も、このままうまくいけば克服できる日もそう遠くなかったかもしれない。

 兄妹との別れはある日突然訪れた。



「花、花、起きて」

 寝ている身体を突然揺すられた花子は、眠い目を擦りながら上体を起こす。


「……お母さん、もう朝?」

 小さな照明ランプだけが灯された部屋は薄暗く、おそらくまだ夜中らしい。

 時計に振り向けば、やはりまだ2時過ぎだった。

 なぜか1人慌てている母はすでにパジャマ姿ではなく、ジャンバーまで着込んでる。


「どこか行くの?」

 花子は明らかにいつもと様子がおかしい母に不安を感じ、慌てて問いかけた。


「ごめんね花、お母さん達ここから出て行かなくちゃいけなくなったの」

「え?」

 悲しそうな母の言葉を急に信じることができず、辺りを見回す。

 すでに部屋の中は物が整理され、傍に花子のランドセルと大きなバックが1つだけ残されていた。

 母は本当にこの社員寮を出て行くつもりらしい。


「行こう、花」

「う、うん」

 切羽詰まった母の表情にこれは大事だと感じ取り、連れられるまま家を出た。

 母娘は外で待っていた社員寮の親しい同僚に早くと促され、すでに荷物が積まれたトラックに乗り込み、あっという間に社員寮を去った。




 母の良子はやらかしてしまった。

 花子には到底信じられない話だが、どうやら真実らしい。

 母はある日突然出会った男と恋仲になってしまった。

 それだけならまだしも、男の借金の保証人にまでなっていたらしい。

 母が男に騙されたと気付いた時には、すでに男は逃げた後だった。

 残されたのは男の借金のみである。

 しかも、相手はイケメンだった。

 あれほど過去に後悔したはずの母のイケメン愛は、今だ健在だったらしい。

 いつまで経っても結局懲りない母である。

 借金取りから逃げるため遠くに身を隠した母娘だが、幸いしばらくしてイケメンの騙し男も無事捕まったらしく、母の借金保証人問題は何とか解決に至った。


 

 母は花子と共に逃げた遠い地で再び職を見つけ、働き始めた。

 もう以前暮らしていた社員寮に再び戻ることは叶わないだろうし、また母もそれを望まなかった。

 再び愛したイケメンに裏切られた母のショックは、やはり相当大きいものだったに違いない。

 新たな土地で母と2人アパートで暮らし始めた花子は、近くの小学校へ転入することになった。

 結局それまで1年間ずっと一緒に遊んでいたあの兄妹とは、最後の別れの挨拶すらできず離れ離れになった。

 花子を姉のように慕いとても懐いてくれた栞は、突然花子がいなくなった事実におそらく泣いて悲しんだかもしれない。

 本音を言えばようやく栞兄と離れられてものすごく嬉しかったのも事実なのだが、栞の事を思えば花子はとても悲しかった。

 花子にとって栞は初めての、そして唯一の友達だったのだ。

 そして花子を姉のように慕ってくれた栞はきょうだいのいない花子にとって妹のように可愛く、特別な存在だった。

 いつも恐怖と隣り合わせであっても、栞との別れはそれ以上に辛く悲しいものだった。




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