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 幼稚園時代あれほどイケメンに精神的・肉体的イジメを受けた花子だが、小学校に進学してからはやや様子も違いを見せた。

 花子もようやく気付いたからだ。

 自分がいつもイケメンからイジメの標的にされてしまうのは、花子自身に大きく問題があったのだと。

 つまりイケメンの前で恐怖のあまり挙動不審になりすぎた。

 異常なほどビクビクオドオドしていれば、相手がイケメンじゃなくてもおそらく花子はイジメの標的にされやすいはずだ。

 現にイケメン以外の子供の前では普通の状態でいられる花子は、イジメられるどころかまともに相手にされない空気の存在なのだ。


 もう決してイケメンに近付きたくない。

 もはや恐怖どころでは済まされない、このままイジメが深刻化すれば命の保証も危ぶまれるかもしれない。

 本能でますますイケメンを拒絶した花子は一層イケメン警戒態勢強化に全力を注いだ。

 

 そのお蔭もあって、花子の小学校生活はそれまでとは打って変わって平和な環境に様変わりした。

 とにかくイケメンは避ける、気付かれる前に逃げる、教室では決して視界に映さない、この3条件を守ればイケメンにとって花子など空気以下の存在だ。

 あれ、そんな奴クラスにいたっけ?な幸福状態を保てるのである。

 イジメられないとは何て素晴らしいことなのか、家以外で初めて生まれた平和な環境は、やがて花子の心に余裕さえ生まれさせた。

 

 さて、人というものは多少気持ちが大きくなれば多少の冒険もしてみたくなるものである。

 花子も正にそうだった。

 相変わらず大人しい花子はいつもボッチ状態。

 いい加減、友達が欲しかった。

 たった1人でいい、年の近い誰かとお喋りしてみたかった。

 普段花子が話をする相手といえば母か社員寮の大人達。

 彼女達と過ごす時間はとても楽しい、嬉しい。

 けれどどうだろう、花子は一度として同じ年頃の子供とまともに話したことがなかった。

 その異様とも言える自分の現実に、花子自身がやはり気にし始めたのも事実だ。

 己の性格とイケメンからのイジメのせいで今まで諦めていた友達を、ようやく初めて欲しいと強く思い始めた。

 けれどすでにその時花子は小学3年生、クラスの女子達を振り返ってみれば皆仲良しグループを作り、1人ポツンと教室にいる花子は決して入る隙間もなければ、やはり声を掛ける勇気もない。

 友達は欲しいが作るきっかけがわからない葛藤の中、今日も悶々と1人通学路を下校途中、まさかの奇跡は落ちていた。


 正確にはうずくまっていた。

 通り掛かった電信柱の前に、同じ色のランドセルを背負った子供がうずくまっているではないか。

 しかも明らかに具合が悪そうだ。

 すでに立ち上がる事すら困難なのだろう少女の辛そうな姿に、花子は心配の表情を浮かべ傍に近寄った。


「……あの、大丈夫ですか?」

 おずおずと脇から声を掛けると、どうにか気付いた少女は朦朧とした表情で花子を見上げた。

 その小さく華奢な身体つきはおそらく花子より学年は下だろう、あまりにも青白い顔は微かに震えを帯び余計に弱々しい。


「具合悪いの?」

「…………うん」

 か細い声で答えた少女にこのままでは大変だと一瞬悩み、すぐさま自分のランドセルを背中から前に抱え直した。


「乗って」

「………………」

 少女の前で跪き背中に乗れと促しても、少女はすでに立ち上がれないほど動けないらしい。

 反応も鈍かった。

 仕方なく強引に少女の腕をひっぱり自分の背中に負ぶうと、踏ん張って立ち上がった。

「ちょっと待っててね、うちのお母さんの所に行こう」

 なるべく揺らさないように少女を背負いながら先の道を歩き始めた。


 

 花子が暮らす社員寮の手前には母が勤める小さな豆腐工場がある。

 普段は急用じゃなければ近付くことはないそこに行けば、母や他の大人達がいるはずだ。

 10分程の道のりを小さい少女を負ぶい、息を切らせながらようやく辿り着いた。


 工場内で仕事をしていた母を見つけ花子が必死で呼びかけると、驚いた母は慌てて傍に駆け寄った。

 花子から事情を聞くと、母は少女を横抱きしてソファのある応接室へ急いだ。



「きっと貧血起こしたんだね。もう大丈夫」

 応接室のソファに横たわった少女の顔色はようやく赤みを差し、しばし母と一緒に少女を見つめた花子もほっと息を吐いた。

 そのまま少女を休めせる事にして、母は少女のランドセルに記された連絡先に電話を入れた。

「もうすぐお母さん迎えに来るからね、ゆっくり休んでよう」

 無事少女の母親と連絡を取った母が優しく声を掛けると、少女も頷き返した。


「花、お母さん一度工場戻るから、ここにいてくれる?」

「うん」

 仕事を途中で抜け出してしまった母はとりあえず戻らなければならないらしく、花子もしっかり頷いて応接室を出て行く母を見送った。

 再びソファの少女に視線を向けるとすでに少女も花子を見ていたらしい、パチリと目が合ってしまった。

 花子は急に恥ずかしくなりモジモジと赤くなる。


「えっと……大丈夫?」

「……うん」

 同世代の子供と親しくなった経験のない花子が緊張しながら尋ねると、少女も同じく恥ずかしそうに頷いた。

 どうやら互いに同じ気持ちらしい、少しばかり緊張が解れた。


「お姉ちゃん、何年生?」

「3年生だよ。何年生?」

「1年」

 生まれて初めてお姉ちゃんと呼ばれ、花子の顔は増々赤くなってしまった。

 まだ1年生だという少女は見た目も花子よりずっと小さく、同学年の他の子供と比べても弱々しく感じる。


「花ちゃんっていうの?」

 少女はさっきまで傍にいた母が花子をそう呼んでいるのをちゃんと聞いていたのだろう。 

「花子だよ、鈴木花子」

「花子お姉ちゃん」

「……うん。ええと、あなたは?」

 可愛い声で再びお姉ちゃん呼びされ、照れながら少女の名も尋ね返した。

「栞だよ」

「しおり、ちゃん」

 花子がたどたどしく呟くと、栞も嬉しそうに頬を赤く染めた。

 花子と栞の初めての出会いの日だった。



 間もなくして工場を訪れた栞の母親はひどく慌てた様子だった。

 対応した母と共に栞の母親の話を聞いていた花子も思わず納得してしまった。

 何でも栞は生まれつき身体が弱いらしい。

 今は学校に通えるまでになったが今日のようにしょっちゅう具合が悪くなるらしく、通学時も家族が必ず付き添っているという。

 栞は今日に限って迎えを待たず勝手に帰ってしまい、今までずっと家族総出で探し回っていたらしい。

 しかも花子が栞を見つけた場所は栞の家とは反対方向、なかなか見つからないわけだ。

 1人で帰ってみたかったと弱々しく呟き謝った栞に、迎えに来た母親はそれ以上怒れず栞を抱きしめていた。

 そばで見ていた花子は栞の気持ちも栞の母親の気持ちも、幼いながらなんとなくわかるような気がした。

 もし花子が仮に栞の立場だとしても栞と同じ行動をしたかもしれないし、母は栞の母親と同じように心配に抱きしめてくれるはずだ。

 

「花子お姉ちゃん、またね」

 栞の母親にとても感謝され、小さい栞はニコニコと手を振り母親と共に無事帰っていった。

 手を振り返し車で去っていく栞を見送りながら、花子は嬉しい気持ちと同時に寂しさも心に大きく生まれた。

 学年も違う、家も近所ではない栞とは、おそらくきっとこれから先会うことはないかもしれないことを花子もちゃんとわかっていた。

 初めて同年代の女の子と話した、お姉ちゃんと嬉しそうに呼んでもらえた。

 とても嬉しかった。

 花子はすでにあの小さい少女をとても好きになってしまった。

 また会いたい、今度はもっといっぱいお喋りしたい、けれどおそらく叶わない。

 それがなんとなくわかってしまったから、花子はとても悲しかった。



 そんな花子の元に、翌日あっさりと姿を現したのは栞だった。


「花子お姉ちゃん」

 下校時間の正面玄関前にやってきた花子を見つけると、栞は嬉しそうに笑って手を振った。


「栞ちゃん」

「花子お姉ちゃん」

 栞の姿に驚き慌てて近づいた花子に、もう一度お姉ちゃんと呼んでくれた。


「具合は大丈夫?」

「うん、もう平気だよ。昨日はありがとう」

 その言葉通り、今日の栞は血色も良くとても元気そうだ。

 ようやく安心した花子は、栞と再び出会えた喜びがどんどん膨らんできた。

 思わず照れ笑いを浮かべると、栞も同じように笑ってくれた。


「栞ちゃん、どうしてここにいるの?」

「お姉ちゃんに会いたくて…………今日、一緒に遊べる?」

 ここにいた理由を問いかけると、栞はオズオズとそう尋ねてきた。

 突然の栞からの遊びの誘いに、もちろん遊べるよ! と喜んで答えようとしたが、よくよく考えてみれば相手はこの栞だった。


「えっと……どこで? 栞ちゃん、お母さんまた心配するよ」

 花子が躊躇いがちに尋ねると、再びニコニコと嬉しそうに笑った。


「大丈夫だよ! お母さんがね、花子お姉ちゃんに遊びに来てほしいんだって」

「え! 栞ちゃんのお家?」

「うん。お姉ちゃん、今日はお家でいっぱい遊ぼうよ」

「いいのかな……」

 花子としては夕方5時まで家に帰ればまったく問題ないのだが、なんせ初めてのお友達自宅訪問体験だ。

 やはり戸惑いが生じた。

 懇願の表情を浮かべひたすら傍で待っている栞に、ようやく決心が固まった。


「行ってもいい?」

「やったぁ!」

 栞が飛び上がって大喜びしてくれたので、花子も一緒に喜んだ。


「お姉ちゃんちょっと待っててね、今お迎え待ってるから」

 そうだった、いつも栞は家族のお迎え付きだったとようやく思い出し、思わず辺りを見回した。


「お母さん?」

「ううん、お母さんはたまに…………あ、来た!」

 気付いた栞が廊下の方向を見やり大きな声で教えてくれた。

 無意識に、花子も栞の視線の先を振り向いた。





(………………ひ)

 あまりの恐怖に声にならない悲鳴を上げた花子の前に、突然アレは静かに姿を現した。



「お兄ちゃん!」


 今まで遭遇したすべてのレベルをはるかに凌ぐ、超絶ド級イケメン美少年。

 

 栞の兄だった。




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