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「はぁ……」

 小さなため息を零ししょぼくれる背中を見つめた花子は、傍に近寄りそっと肩に触れた。

 

「ハジメちゃん……ごめん」

 夕食を食べにスズメ食堂にやって来たハジメにたまらず謝った。


「花子姉ちゃん……俺こそごめん。花子姉ちゃんの気持ち、何も考えてあげられなかった」

 花子に振り向いたハジメは後悔の念を滲ませ、浅はかな自分の行動を責めた。


「ハジメちゃん、私はどうでもいいんだよ! 私の事は気にせず、ハジメちゃんは今すぐ栞ちゃんを幸せにしてあげて」

 自分のせいでハジメと栞が結婚できないなんて、そんなのあまりにも2人がかわいそうだ。

 花子だってあまりにも辛い。


「花子姉ちゃんの気持ちは嬉しいけど、俺達もう結婚は考えてないんだ」

「ハジメちゃん! だから私の事は」

「俺もそうだけど、栞さんの気持ちは固いよ。せめて花子姉ちゃんと神先輩の結婚を見届けるまで、自分は絶対に結婚しないって心に決めたみたい」

「そんな……」

 

 そんなことを言ってたらハジメと栞は一生結婚できないではないか。

 そんなこと、姉の花子が許さない。



「ハジメちゃん…………正直に言うよ。私、神兄さんと結婚する気はないんだ」

「え……なんで?」

 ハジメはすでに神兄と同棲までしている花子に結婚の意志がないとは思ってもいなかったのだろう。

 花子は呆気にとられたハジメに再び重い口を開いた。

 

「自信がないんだよ…………神兄さんは将来あの大会社の社長になる人だよ? 社長の奥さんなんて、こんな私に絶対務まるわけないよ」

「花子姉ちゃん……」 

 花子の思いを一番理解できるのも、やはりハジメだ。

 悔しそうに顔を歪め、花子の名を呟いた。



「なんだ花子さん、そんなこと気にしてたんだ」 

 突然姉弟の背後に現れたのは、花子に容赦なく今だ独身寂しいレッテルをベタベタ貼り付けまくった張本人、神兄だ。


「じ、神兄さん……」

「神先輩……」

 もちろんさっきまでの姉弟の話をしっかり聞いていたらしい神兄に対し、花子とハジメは気まずげに視線をそらした。


「花子さん安心して、俺うちの会社を継ぐつもりはまるでないから」

「「…………は?」」

 あっけらかんと言い放った神兄に、姉弟仲良く呆気にとられた。


「会社に入る条件として跡を継がない事は、父親も認めてる。花子さんは何も心配することないんだよ」

 神兄は安心させるように花子の手をぎゅっと握りしめ、優しく微笑んだ。

 

 どうやら本当の話らしい。

 それまでまるで継ぐつもりがなかった父親の会社に、どうりで突然あっさり入社したわけだ。


「え……でも」

「じゃあ、一体誰が……?」

 跡取り息子であるはずの神兄が跡を継がないなら、一体誰があの大会社を継ぐのだろうか。

 姉弟は疑問の表情を浮かべ、互いに顔を合わせた。


「そんなの決まってるだろう…………ハジメ、お前だ」

 

 ………………………………。

 ………………………………。



「…………え」

 壮絶麗しい微笑を浮かべた神兄に肩を叩かれたハジメは、ただ呆然と立ち尽くした。

 どうやらハジメはすでに栞の婿決定らしい。

 

 頑張れ未来の大社長ハジメ!







  

「あれ? 私ハジメちゃんに言ってなかったっけ?」

 言い忘れにも程があるぞ栞!

 知らぬ間に婿養子決定のハジメは、現実逃避であれから3日も家に塞ぎ込んでしまったではないか。

 義姉花子もひどく同情してしまった。


「もともと私が婿もらって会社を継ぐつもりだったからね。お兄ちゃんは全然あてにならないし…………あの人、花子お姉ちゃん以外はまるで興味ないから」

 まったくもってその通りだ栞、実兄をどうにかしてくれ栞。


「問題はお兄ちゃんよりお父さんかな。あの人相当手強いから…………はいできた」

 わざわざ花子の家までやって来て花子に化粧を施してくれた栞だが、やや懸念な表情だ。


「花子お姉ちゃん、大丈夫?」

 栞は鏡の前でじっと沈黙している花子を心配そうに見つめた。

 


 ようやく跡継ぎ問題の誤解が解け結婚を拒否する理由が無くなってしまった花子は、神兄の即行プロポーズを仕方なく受け入れた。

 死んでも逃がさんとばかりに即行はりきり始めた神兄は即行花子の両親宅へ挨拶に尋ね、即行結婚の許可をいただき、即行帰りに結婚指輪を購入し、即行花子の手にぎゅうぎゅう嵌めた。

 鬼気迫る勢いの神兄はまだまだ止まらない。

 即行翌日新居のマンションをキャッシュ一括購入し、即行翌々日アパートを引っ越し新居で暮らし始めた。

 ポカンと呆気にとられるままの花子は気が付けば、いつの間にか新居のソファに座らされていた。

 おそらく婚姻届も提出済みに違いない。

 

 即行プロポーズから一週間が過ぎ、とうとう今日は神兄のご両親に既に入籍済みだろう結婚の許可を頂きに、ご挨拶へ伺う運びとなった。

 栞に化粧をされた後も鏡をじっと見つめる花子の顔は、ひどく青白い。

 できることなら今すぐ現実から逃避してしまいたい。

 大会社社長である神兄の父親との初対面に、花子はすでに怖気づいていた。

 

「花子お姉ちゃん、そんなに心配しないで。確かにお父さんは頑固で傲慢でとんでもなく傍若無人な人だけど、隣にはあのお兄ちゃんがいるんだから」


 花子を安心させたいのか不安にさせたいのかどっちなんだ、栞!



 

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