(16)
「一体どうしてここにいるのお兄ちゃん!」
栞はハジメと共に花子の家に来て早々怒りを爆発させ、花子の隣でちゃっかり寛ぐ神兄に大声で怒鳴った。
「栞……家に来て早々なんだ、挨拶くらいちゃんとしなさい」
神兄はそんな栞に表情を咎め、行儀がなってないと厳しい口調で叱りつけた。
「ここは花子お姉ちゃんの家! お兄ちゃんはさっさと隣に帰りなさいよ! 不法侵入罪で訴えるからね!」
「何を勘違いしてるか知らんが、ここは俺の家だ。不法侵入は栞、お前だ」
「「「…………は?」」」
3人仲良く激しく問い返した花子と栞とハジメは、やはり仲良くマヌケ面だ。
「隣などとっくに解約している…………お前達、知らなかったのか?」
神兄は怪訝の表情を浮かべハジメと栞を見やったあと、隣の花子に勢いよく視線を向けた。
「花子さん、どういう事? もしかして俺達の事ずっと内緒にしてたの?」
いきなり花子を責め始めた神兄はひどく傷ついたのか、壮絶美しい切れ長の瞳を震わせた。
無実の罪で神兄様を傷つけてしまった花子の罪はあまりにも重い、ブルブルと身体を震わせながら固く正座した。
「……花子お姉ちゃん、どういう事?」
「もしかして、俺達に内緒で神先輩と付き合ってたの? しかも同棲?」
信じられないとばかりにショックを受けた栞とハジメの姿に、花子はすぐさま無実を主張するべく口を開いた。
「栞、ハジメ、やめろ。花子さんを責めるな」
無実の花子を庇ってくれたのは無実の罪を平然と花子に被せた張本人、神兄だった。
神兄は罪に脅える花子を優しくのぞき込み、愛おしそうに微笑む。
「花子さんは純粋でウブだから、俺と同棲してるなんてとても言えなかったんだよね?」
「…………あ」
どうやら花子は無実ではなかったらしい。
神兄といつの間にか付き合っていた花子は、確かにすでに同棲していた。
今までずっと同居状態だと思い込んでいたが、その結果がこのざまだ。
神兄を傷つけ、ハジメと栞を傷つけた。
「花子お姉ちゃん、騙されないで。これは全部純粋な花子お姉ちゃんにつけこんだお兄ちゃんの罠なんだから」
すでに極刑を覚悟していた花子に天の声が囁いた。
妹栞だ。
「お兄ちゃんは花子お姉ちゃんをいいように丸め込んで、すでに付き合ってると勘違いさせてるだけなんだよ。絶対に信じちゃ駄目」
「…………あ」
どうやら花子はやはり無実だったらしい。
よくよく考えれば当たり前じゃないか、イケメン恐怖症の花子がまさかイケメンと付き合うわけがない。
神兄に騙された。
「どうせ今日のお見合いだって、お兄ちゃんがぶち壊したんでしょ? あんなにお見合いに張り切ってた花子お姉ちゃんが、お兄ちゃんと付き合うわけないじゃん。いい加減諦めなよお兄ちゃん」
そうだ行け、栞!
大好きな花子お姉ちゃんを恐怖のイケメンから救い出すんだ!
「お見合い……花子さんの浮気相手か。栞、今日俺が止めなければ、お前はまた花子さんを失うことになっていたんだぞ」
「「「…………は?」」」
3人仲良く激しく問い返した花子と栞とハジメは、3人仲良くマヌケ面だ。
「浮気相手は確か商社勤め。商社と言えば転勤が必須だ。栞、花子さんが海外にでも行ってみろ。もう二度と帰ってこれないぞ。お前は本当にそれでもいいのか」
「…………あ」
栞もようやく気が付いたらしい。
幼い頃、突然花子がいなくなったあの悲しみと恐怖を今再びまざまざと思い出した。
「その点俺はどうだ、栞。転勤の心配もなければ花子さんを手離す気も微塵もない。ついでに言おう。俺と花子さんが結婚すれば、お前は花子さんの正式な義理の妹だ」
「…………あ」
とうとう栞もようやく気付いたらしい。
一番邪魔物件だった兄が、実は一番優良物件だったという事を。
「これでもお前は俺達の仲を反対するのか、どうする栞」
神兄が止めを刺した! 反撃威力を失くした妹栞はとうとう目をつぶってしまった。
ま、まさか…………
とっても嫌な予感がした花子は目の前の栞をすがる様に見つめた。
裏切らないよね? 栞だけはいつまでも花子お姉ちゃんの味方だもんね?
再び目を開いた栞はすがりつく花子の視線に気づくと優しく笑みを浮かべ、安心するよう深く頷いた。
「……花子お姉ちゃん、結婚おめでとう」
平然と裏切った上に先走り過ぎだぞ栞!
「ハジメ、先帰るぞ。また明日な」
「おう、お疲れー」
レジで会計をし店を出て行ったハジメの同僚を見送ると、そのままハジメのいるテーブルに近寄った。
「はぁ……」
「花子姉ちゃん、大丈夫?」
向かいの席に腰を下ろしグッタリと顔を伏せた花子を、ハジメは心配そうに声を掛けた。
夜同僚と共に夕食を食べにスズメにやってきたハジメだが、内心は花子を心配して来てくれたのだろう。
そんな優しいハジメについつい花子も甘えてしまう。
もはや花子の理解者など義弟ハジメしかいない。
「花子姉ちゃん…………確かに神先輩はちょっと勘違いして行動が行き過ぎちゃったけど、別に花子姉ちゃんを騙そうなんて思ったわけじゃないよ」
「……………………」
「栞さんもちょっと先走り過ぎだけど、それだけ花子姉ちゃんを繋ぎとめようと必死なんじゃないかな」
「……ハジメちゃん、一体どっちの味方なの?」
義姉花子を心配しながらも天野兄妹をフォローするハジメを思わず不満げに見つめた。
「このまんまじゃ、私本当に神兄さんと結婚させられちゃうよ……」
「ずっと思ってたんだけどさ、花子姉ちゃんってどうして神先輩じゃ駄目なの?あんなにイケメンで優しいのに」
………………………………。
そういえば、ハジメは花子がイケメン恐怖症だと知らないんだった。
外貌は超絶美形イケメン、花子に特別扱いでひたすら尽くしまくってくれる神兄に今だ抵抗する花子を今一理解できないらしい。
「……ハジメちゃん、実は私イケメン恐怖症なんだ」
神妙な面持ちで俯いた花子は、今まで誰も知ることがなかった自分の秘密をとうとう初めてハジメに打ち明けた。
「イケメン、恐怖症?」
「……うん」
当然イケメン恐怖症など聞いたことがないのだろう、ハジメは今一理解できないのか眉間に皺を寄せ首を傾げた。
「本当なのハジメちゃん!本当にイケメンの恐怖症が!」
「うん、それはわかったけど…………花子姉ちゃん、本当にイケメン恐怖症なの?」
「だから、さっきからそう言ってるじゃない」
「さっき一緒に来た俺の同僚もけっこうなイケメンだけど、花子姉ちゃん平気でレジで会計してたよね?」
「……………………」
「神先輩の借りてた隣の部屋に最近越してきて、なぜかまた一瞬で引っ越していったイケメンな田中さんが夜挨拶に来た時も、花子姉ちゃんニコニコ笑って対応してたよね?」
「……………………」
「……花子姉ちゃん、本当にイケメン恐怖症なの?」
「……………………」
毎日へばりつく超絶イケメン神兄のおかげでいつの間にかイケメンに慣れてしまった花子は、いつの間にかイケメン恐怖症を無事克服していたらしい。
おめでとう花子!