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 間を取り持ってくれた店主の村田が去り、花子はとうとう見合い相手と2人残された。


 き、緊張する…………

 いくら場所が薄汚い馴染のスズメ食堂とはいえ、今日初めて対面した男性と2人きりだ。

 

「そんなに緊張しないで。気楽に話さない?」

 ガチガチに固まった花子を気遣ってくれたのだろう、見合い相手の澤本はあえて気さくに話しかけてくれた。


「は、はい……そうですね」

 なんとか同意すると、ようやく向かい合う澤本と視線を合わせた。

 

 スズメ食堂の定休日である今日晴れてお見合いに望んだ花子は、普段まるでしない化粧を栞に薄くのせてもらい、普段まるで気にしない服装にもとりあえず気を遣った。

 礼儀程度のお洒落だが、いつもの地味花子より少しはマシに見えるかもしれない。

 今日初めて会った向かいの澤本は、そんな花子を嬉しそうに見つめてくれている。

 写真で受けた印象通り、とても感じの良い優しそうな人だ。

 決してイケメンじゃない。

 

「会社から近いからここにはよく来てたんだけど、最近厨房にいる花子さんに気が付いて…………ちょっと強引だけど、オヤジさんに会わせてもらえるよう頼んだんだ」

「は、はい……」

 澤本は照れながら今日のお見合いに至った経緯を話してくれ、花子も頬を染め頷く。

 出だしはなかなかいい感じだ。

 

「ええと、花子さんは25歳なんだよね? 俺は5つ上なんだけど、特に問題ないかな?」

「そ、そんな……問題なんて」

 滅相もありませんと必死に首を振る。

 こんな地味花子を見染めてくれたのだ、5歳差なんて気にするまでもない。

 花子との年齢差まで気にかけてくれる澤本はとってもいい人だ。

 何よりイケメンじゃない。


「はは……やっぱり緊張するね。ごめんね、俺女性と2人きりなんて慣れてないから口下手で。花子さんも退屈しちゃうよね」

「そ、そんな……退屈なんて」

 とんでもありませんと必死に首を振る。

 こんな地味花子に気付いてくれたのだ、多少の口下手など気にするまでもない。

 緊張で何も話せない花子に対し自分が悪いと気にしてくれる澤本は、本当にとってもいい人だ。

 間違ってもイケメンじゃない。


 互いに異性に慣れてない者同士のぎこちないやりとりも、それはそれで良い感じだ。


「勇気出してオヤジさんに声掛けて、よかったな…………花子さんはやっぱり想像通りの人だった」

「わ、私も……」

 特別写真写りが悪いわけではなかった澤本は、写真通り見た目もそのまんまだ。

 万が一にもイケメンじゃなくて本当に良かった。


「はは……」

「ふふ……」

 気恥ずかしげに照れ笑いを浮かべるウブな2人は相性もばっちり、見た目もしっくり、なかなかお似合いではないか。

 頑張れ花子!


 

「あ、よかった。花子さんここにいたんだ」

 突然背後から掛けられた声にギクリと身体を固めた花子は、恐るおそる振り返ろうとした。

 

 …………ギョ! 

 振り返る前に花子の隣にいつの間にかすでにちゃっかり座っているのはご期待通りもちろんこのお方、神兄様!


「お、お兄様……」

 どうしてここに…………

 花子があまりのタイミングの悪さに一瞬で青褪めると、隣の神兄は超絶麗しいお顔に突然怒りを滲ませた。

 神様を怒らせた!

 

「花子さん、どこに行ってたの? 心配してあちこち探し回ったよ」

「……え?」

 心配も何も今日は朝から神兄は用事があったのか、いつもへばりついている花子の部屋に最初からいなかったではないか。

 花子は何も悪くない。

 

「ええと…………花子さんのお兄さん?」

 遠慮がちに確認してきた向かいの澤本に、ハッと慌てて視線を戻す。


「あの、えっと……」

 この方は兄ではありません、ただの同居状態のお隣さんですなんて間違っても言えやしない。

 花子があたふたとまごついていると、隣の神兄はようやく今頃向かいの澤本に気付いたらしい。視線を花子から澤本に向けた。


「どうも、花子の兄ではなく婚約者の天野です」


 …………………………。

 

 え?


 ポカンとマヌケ面の花子に再び視線を戻した神兄は、呆れたような溜息を吐いた。


「花子さん、これってもしかしてあてつけ?」

「……え?」

「俺が朝からベットの隣にいなくて、不機嫌になっちゃったんだよね? 気持ちはわかるけど、俺浮気は絶対許さないよ」

 花子をきつく咎めた神兄はようやく表情を緩めると、今度は慰めるように微笑を浮かべた。


「ごめん花子さん…………結局俺が悪かったんだよね。いくら用事があったとはいえ花子さんを休日朝から1人家に残すなんて、不安になるのも当たり前だよね。大丈夫、これからは絶対離れないから」

「……え?」

 膝に置かれたブルブル震えが止まらない花子の手を安心させるようにぎゅっと握りしめた神兄は、再び向かいの澤本を真剣に見やった。


「そういうわけなんで申し訳ありません、花子のことはどうか忘れてやってください。ほら、花子さんもちゃんと謝って」

「……え?」

「ほら早く」

「あ…………ご、ごめ、なさ」

 厳しい口調で謝罪を強要されビクリと震えた花子は、意味の分からない謝罪を途切れ途切れに何とか呟いた。


 それまでポカンと2人のやりとりを見つめていた澤本が諦めたように表情を下げ、1つ息を吐いた。


「こちらこそ、まさか花子さんに婚約者さんがいらっしゃるとは気付かず失礼なことを…………申し訳ありません、今日の事は忘れてください」

 花子と神兄に向かって深いお辞儀と共に謝罪した澤本は再び顔を上げると、花子を見つめた。


「花子さん、いくら寂しかったとはいえ自棄になっちゃいけないよ。こんなにも心配してくれる天野さんがいるんだから…………お二人共、これからお幸せに」

 最後は爽やかな笑顔を見せた澤本は静かに席を立ち、スズメ食堂から去っていった。



 …………………………。


 どうやら花子はいつの間にか神兄と付き合っていたらしい。





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