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 おかしい…………

 昼過ぎの中休み、スズメ食堂の客席に1人腰を下ろした花子は苦悶の表情で頭を抱えた。


 最近、花子の生活がおかしすぎる。

 なぜか突然、いや気付いた時にはいつの間にか普段の日常が以前と全く様変わりしている。

 ごく最近になってようやく異様に気付いた花子は、とうとうこうして1人苦悩し始めた。

 

 いつの間にどうしておかしくなったのか――――原因はやはりあの隣の神兄だ。

 いや、神兄自身は悪くない。決して悪くないはずだ。

 それなのになぜだろう、花子の生活はいつの間にか神兄に侵略されている。


 たまたま偶然繋がりの花子と神兄は、偶然帰宅も一緒で偶然夕食も共にするようになった。

 偶然休日も重なった2人は偶然外でばったり出くわす機会も多く、気が付けば休日偶然一緒に過ごすことがほとんどになっていた。

 先月など偶然頂いたという酒を手に持ってやってきた神兄は夕食後酔って眠くなってしまい、そのまま起きることなく花子のベットを占領してしまった。

 その夜しかたなく床で寝るしかなかった花子は、朝になったらいつの間にか神兄と隣り合わせでベットで寝ていて、顔面蒼白のまま事情を聞かされれば、なんと花子が途中寝ぼけてベットに潜り込んできたらしい。

 それ以降毎回眠くなれば花子のベットを占領する神兄と必ず途中寝ぼける花子は、翌朝隣合わせで起きるのがいつの間にか当たり前となってしまった。

 そのまま神兄が作ってくれる朝食を一緒に食べ、昼は毎日ハンバーグを食べに神兄はスズメに現れる。

 気が付けばまるで同居人のように生活を共にしている神兄は、最近自分の部屋には一切帰る様子がない。

 会社以外朝から晩までなぜか花子の部屋でベッタリ過ごし、まるで我がもの顔で寛いでいる。

 せめてものお礼だとばかりに料理掃除しまいには洗濯までしてくれる神兄は、遠慮するなと強引に花子の全身マッサージまでしてくれる。

 神兄のゴットハンドに抵抗できるはずもなく、花子はあまりの気持ち良さに身を任せてしまう。

 ハジメと栞が来る時に限ってなぜか偶然用事ができるらしい神兄は、決して2人が家にいる時は姿を現さない。


 ついつい美味しいご飯と何かと奉仕してくれる神兄の善意に段々と慣れてしまい堕落した花子は、いつの間にか神兄の行動すべてを受け入れてしまっていた。


 これは異常事態かもしれないとようやく気付いたのはごく最近、花子はとうとう己の生活を省みるため苦悩し始めた。

 

 ただのお隣さんが常に自分の部屋で共に過ごすなんて、明らかにおかしい。

 ましてや恋人同士でもないただのお隣さん同士が同じベットで一緒に眠るなんて、あまりにも異常だ。

 どうして今までそれに気付かず平気でいられたのだろう。

 神兄の行動があまりにも自然すぎて、いつの間にかすべてが当たり前になりすぎていた。

 どうにかしなければ…………必死で頭を悩ますも、まず何をどうすればいいのか、それ自体がわからない。

 花子はスズメ食堂の客席で1人うんうんと頭を抱えていると、気が付けば目の前に1枚の写真が置かれていた。



「何ですか? これ」

 いつの間にか休憩から戻っていた店主の村田が苦悩する花子の前にそれを置いたらしい。

 写真に写る見知らぬ男性はにっこりと花子に微笑みかけている。


「花ちゃん、お見合いしてみない?」

「え! お見合い?」

 花子に向かいに腰を下ろした村田に驚いて問い返した。

 どうやらこの写真の男性は花子の見合い相手らしい。


「どう? いい感じの人でしょ?」

「……ええ、まあそれは」

 ニコニコ笑って薦める村田の言う通り写真の男性は見るからに優しそうな雰囲気で、とても感じの良い人だ。

 

「近くの商社に勤めてる人で店にも何度か来たことあるんだけど、花ちゃんのハンバーグを気に入ってくれてね。ついでに花ちゃんも気に入っちゃったみたい」

「え! 私を?」

 花子のハンバーグだけでなく、どうやら厨房で働く割烹着姿の花子も気に入ってくれたらしい。

 何とも奇特なお方だ。

 高校卒業後スズメで働き出した花子は今まで男性と知り合う機会もなく、当然お付き合いの経験もない。

 そんな自分を見初めてくれた男性の存在は、花子にとって何とも気恥ずかしい。


「お見合いって言っても気楽に店で会えばいいんだから。固いもんじゃないし、一度試しに会ってみない?」

「ど、どうしましょう……」

「ちょっと考えてみて。返事は後でいいから」

「はあ……」

 躊躇いを見せる花子に猶予を与えた村田は、写真を残し厨房に行ってしまった。


 残された花子は再び写真の男性を見つめてみる。

 好印象の男性に花子は幸いにも気に入られたのだ、断る理由は特にない。

 村田の言う通り、一度会ってみてもいいかもしれない…………

 しばし写真の男性と睨めっこし悶々と悩むも結局結論には至らず、とりあえず写真をポケットにしまった。






「どれどれ?」

 花子は栞に間近で迫られ、おずおず差し出す。

 じっと見つめる栞とハジメを待つ間、ドキドキと落ち着かなく胸が騒いだ。


「けっこういいじゃん」

「うん、いい人そう」

 2人も好感触だったらしい、写真の男性を確認し頷き合う姿に花子もホッと息を吐いた。

 結局自分一人では決断に至らず、その夜家に来たハジメと栞に頼ることにした。

 お見合いするかもしれないと花子が言うと2人共驚いたが、すぐに興味を示し始めた。


「とりあえず会ってみたら? 花子姉ちゃんも気に入ったんでしょ?」

「うん……まあ」

「見るからにいい人そうじゃん、私は賛成」

 ハジメもそうだが栞は大いに気に入ったらしい、まだ会ってもいないのにすでに賛成の手を上げた。


「栞さん、ずいぶん張り切ってるね」

「正直、お兄ちゃんじゃなければとりあえずは賛成。お兄ちゃんに掴まっちゃったら一番最悪だもん。花子お姉ちゃんは早く結婚して、一刻も早くここから逃げるべきだよ」

 まさかその掴まったら最悪な兄がすでに花子の家に侵略し寝食を共にしてると知れば、妹栞は怒り狂うかもしれない…………

 下手な兄妹喧嘩は絶対見たくない、ひとまず兄の話題は避けるべきだろう。

 

「えーと……じゃあ、とりあえず会ってみようかな」

 照れながらも男性と会う意思を伝えると、2人は一気に盛り上がり始めた。


「花子お姉ちゃん、私に任せて。一瞬で大変身させてあげるから」

 素面は細目ソバカス地味顔のバケ可愛い栞がそう言うのだから、間違いないだろう。


「どう見たって詐欺だよ…………花子姉ちゃん、ありのままの姿を見せてあげなよ。相手は今の花子姉ちゃんを気に入ってくれたんだから」

 バケ栞に完全騙されたハジメがそう言うのだから間違いないだろう。やはりありのままの花子で会いに行こう。


 ハジメと栞に後押しされようやくその気になった花子は、すでに心はお見合いモード一色である。

 あれだけ昼間苦悩していた神兄の事はとりあえず後回しだと呑気に構え、その夜3人は花子の初お見合いに向けワイワイ騒ぎ始めた。

 



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