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 やはり隣のイケメンへの必然疑惑はまったくの杞憂であったらしい。

 突然の再会からすでにひと月が過ぎても、花子の日常は普段と何も変わらず平穏そのものだ。

 確かに隣に住んでいるはずの神兄だが互いの活動時間帯が異なるのかまるで気配を感じず、偶然ばったり顔を合わせることもない。

 今だ兄をひどく疑い警戒する栞も、花子が神兄とまったく接触がない事実を知るとようやく少し安心してくれたらしい。

 大変はりきるハジメに積極的に誘われた栞は懸念を残しながらも、ようやく夜のデートを楽しむことにしたようだ。


 花子はイケメンを意識せず過ごせる平和な毎日が戻り、この分だと引っ越しも焦る必要はないかもしれないと思い直し始めた。

 




「花ちゃん、ハンバーグ一丁。ラストね」

「はーい」


 昼時間のピークも過ぎ、客もほとんど去ったスズメ食堂はしばし静寂が訪れた。

 最後の客のハンバーグを皿に盛りつけると、厨房で皿洗いを始めた店主の村田に代わりそのまま客席へ持っていく。


「お待たせしましたー」

「……あれ、もしかして花子さん?」

 ギクリと身体を固めた花子はいまだ手にハンバーグ定食を持ったまま、目の前に座る客をマジマジと確認した。


「お、お兄様……」

 見間違いであってほしかったが決して間違いない、しみったれたスズメ食堂にはあまりにも似つかわしくない超絶美麗なそのお姿、どうしてここにいるの神兄様!


「偶然だね花子さん、ここで働いてるの?」

「は、はあ…………いらっしゃいませ」


 ホッ!

 とりあえずは安心した。どうやら偶然のようだ。

  

「今日から仕事始めなんだ。昼休憩が遅くなって近くの店を探してたんだけど、まさか偶然入った店で偶然花子さんが働いてるなんて、俺達すごい偶然だよね」

 何気に偶然を強調する神兄は偶然の出会いに本当に驚いているのだろう。

 店など周りにいくらでもあるのに偶然小汚いスズメ食堂をチョイスするあたり、神兄は大変高貴な外貌とは裏腹に意外にも庶民派でいらっしゃるらしい。

 決して必然ではなく偶然なら、花子も喜んで迎え入れるしかあるまい。

 

 神兄は高校時代にも食べた花子のハンバーグを懐かしいとひどく喜び、いたくお気に召したらしい。

 その日以降毎日のように同じ時間スズメ食堂に現れ、毎回飽きもせずハンバーグを召し上がるようになった。




 

「村田さん、また明日ー」

「花ちゃんお疲れー」

 

 店主の村田に挨拶し店を出ると、すでに夜8時を過ぎた暗い外は街灯が頼りだ。

 花子はアパートまで10分の帰り道を1人とぼとぼ歩き始めた。

 

 

「……あれ、もしかして花子さん?」

 ギクリと身体を固めた花子はロボット状態で、ギクギクと背後に振り返った。


「お、お兄様……」

 決して見つけたくはなかったけれど眩し過ぎるほどに見つけずにはいられない、薄暗い夜道でもそこだけ後光輝き放っている神々しいそのお姿、まさしく神兄様!


「偶然だね花子さん、今帰り?」

「は、はあ…………こんばんは」


 ホッ!

 とりあえず安心した。またまた偶然だったようだ。


「ようやく仕事が落ち着いたんだけど、毎日帰りがいつも偶然この時間になってしまうんだ。帰り道偶然花子さんらしき後ろ姿を見つけてとりあえず声を掛けたら、まさか本当に偶然花子さんだったなんて、俺達本当すごい偶然だよね」

 偶然を4度入れてくるあたり、神兄は偶然の遭遇に心底驚いているのだろう。

 やはり大会社の跡取り息子、落ち着いたとはいえ毎日必ず残業するほど何かと忙しいに違いない。

 決して必然ではなく絶対偶然なら、花子も潔く現実を受け入れるしかあるまい。


 当然同じアパートまでの帰り道、仕方なく肩を並べて歩いた神兄とは、その日以降毎日のように偶然仕事終わりが重なり、花子は毎回必ず後ろ姿に声を掛けられるようになった。





 今までしょっちゅう来ていたハジメと栞も幸せにデートを重ねているらしい、家に来る回数も減りどうしても1人ぼっちの夕食作りは気合いが入らない。

 振り返れば両親もハジメと栞も、花子の周りはラブラブ絶頂カップルばかりだ。

 今まで男性と知り合う機会もなかった花子は当然恋人いない歴25年、何とも虚しい人生である。

 虚しいついでに今日は虚しくカップラーメンで済ませようと、ヤカンに水を注いだ。


 すでに夜9時に差し掛かろうとしてるのに、突然花子の部屋に玄関ベルが1つ鳴り響いた。

 今日はハジメと栞が来る予定ではなかったが、突然気が向いたのかもしれない。

 おそらくそうだろうと、すぐさま玄関ドアを開いた。

 

「お、お兄様……」

 てっきりハジメと栞に違いないとドアを開けてしまったが、真正面には何と両手に鍋を持った大きい黒壁…………よくよく見上げれば隣の神兄のお姿がそこにあった。

 花子がギクリと身体を固めると、神兄は超絶美顔に壮絶微笑を浮かべる。


「こんばんは、花子さん」

「はあ…………こんばんは」

 さっき偶然帰り道を共に歩き、玄関で別れたばかりなのだが…………

 どうやら花子の部屋を訪ねてきたあたり、今回ばかりは決して偶然ではないらしい。


 …………ということは、まさか!


「花子さん、夕食はこれから?」

「はあ…………そうですが」

「偶然だね、俺もなんだ。さっきついつい偶然2人分鍋を作り過ぎちゃってどうしようかと思ってたら、偶然隣の花子さんを思い出したんだ。試しに来てみたんだけど、偶然花子さんも夕食はこれからだったんだね。よかったら一緒にどうかな?」


 …………ホッ!

 またもや偶然、しかも偶然がトリプル重なってしまったようだ。

 今回ばかりは一瞬必然と覚悟したが、どうやら先走った花子の勘違いで済んだらしい。

 1人分の鍋を作るのは意外と難しい、ついつい多く作り過ぎてしまう気持ちもよくわかる。

 大変食欲をそそる香りをプンプン放つめっちゃ美味しそうな高級海鮮鍋を目の前にぐいぐい見せられ、さっきまで虚しくカップラーメンを握り締めていた花子は思わずごくりと喉を鳴らした。

 今回も決して必然ではなく無事偶然だったのだ、いくら花子だってついつい偶然2人分作り過ぎてしまった鍋に文句は言えまい。


「そ、それじゃお言葉に甘えて……」

 目の前にぐいぐい見せつけられた高級タラバ蟹の魅力には、イケメン恐怖症花子でさえとうとう抗えなかったらしい。

 グウグウ腹が鳴るままに安々と神兄を部屋の中へ招き入れた。


 テーブルに向かい合い神兄とつつき合った高級海鮮鍋は素晴らしく美味しく、大変感動ものだった。

 なぜかハジメと栞が家に現れない日に限ってついつい偶然2人分夕食を作り過ぎてしまう神兄は、その日以降偶然作り過ぎた日は必ず隣の花子にも声を掛けてくるようになった。

 あまりにもしょっちゅう偶然作り過ぎる神兄に一瞬必然を頭にかすめるも、目の前に高級食材を見せつけられればすぐに忘れてしまう花子は、いつも美味しく神兄と夕食を共にするのだった。



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