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 お昼時のピークを過ぎたスズメ食堂、店内は客の姿でほとんどの席が埋まっているが新たな客は現れず、厨房の花子もようやく手を休めた。

 客席をのぞき馴染みの後ろ姿を見つけると、傍に近寄り軽く肩をたたいた。


「ハジメちゃん、来てたんだ」

 スズメ食堂から近い会社に勤めているハジメは、昼食を食べにここにもよく来る。

 すでに昼1時を過ぎる時間にもかかわらず、今日はずいぶんとのんびりしている。


「戻らなくていいの? 遅刻するよ」

「いや、栞さんも来るはずなんだけど……」

 どうやら今日は栞もここに来るはずだったらしい。

 先に来ていたハジメが、今だ現れない栞をギリギリまで待っていたようだ。


「栞ちゃん、何かあったの?」

「うん…………実はさっき栞さん、突然社長室に呼ばれたんだよね」

「え! 社長!?」

 社長室ということは、今栞はあの大会社の社長と会っているということだろうか。

 一体なぜそんな大それたことに…………もしかして、栞は社長直々呼び出されるほど大きなミスをやらかしたのかもしれない。


「とりあえず先に行ってって言われたんだけど、いつまで経っても来ないし…………ちょっと心配なんだよね」

 懸念の表情を浮かべるハジメに、花子もますます栞が心配になってきた。


「ハジメちゃん早く戻って。様子見てきなよ」

「そうだよね、じゃあ………………あ、栞さん」

 ちょうどハジメが立ち上がった時、ようやく店の入り口から栞がトボトボ入ってきた。

 

「栞さん、どうだった?」

「栞ちゃん、やっぱり怒られたの?」

 もしかしてクビ?

 クビなのかと思うほど栞は今ショックで顔面蒼白じゃないか。

 

「花子お姉ちゃん…………逃げて」

「……は?」

 ようやく口を開いた栞に震えながら逃亡を勧められ、とりあえず聞き違いかと問いかけた。


「どうしたの? 栞さん。とりあえず落ち着いて話してみてよ」

「どうしようハジメちゃん…………お兄ちゃん、うちの会社に入っちゃった」

「「……は?」」

 姉弟仲良く声を合わせ聞き間違いかと問いかけると、栞は肯定に1つ頷いた。

 ……どうやら決して聞き間違いでは済まされないらしい。


「ちょっと待って、何で先輩がうちに? しかもこんな中途半端な時期に…………どう考えたってあり得ない話だよ」

 さっそくいつもの逃避技を用いて現実世界から遠ざかろうとする花子を必死で揺すりながら、ハジメは信じられないとばかりに否定した。


「……栞さん、最近神先輩に脅えすぎてちょっと精神不安定だからね。きっと会社で先輩の幻覚を見ちゃったんだよ」

「本当なの! 本当なんだよハジメちゃん! さっき社長の口から直接聞いた話なんだから間違いないよ」

 なんと、さっき社長室に呼ばれた栞は兄の入社を社長直々に教えられたらしい。

 ということは、やはり栞の幻覚ではなさそうだ。


「一体なんで急に?…………いやちょっと待って。その前に、なんで社長は直接栞さんをわざわざ呼び出したわけ? いくら神先輩の妹でもおかしくない?」

 「あれ? ハジメちゃんに言ってなかったっけ? 社長、うちのお父さんなんだよね」

「「………………」」


 …………言い忘れにも程があるだろう、栞。

 あっけらかんと告白され、姉弟仲良く絶句だ。


「元々お兄ちゃんうちの会社にはまるで興味なくて、跡継ぐつもりもなかったから別の会社にあっさり就職しちゃったんだよね。お父さんだけはお兄ちゃんの事諦めきれなくて…………この前お兄ちゃんがこっちに帰ってきたのもお父さんに呼び出されたからみたい。ようやくお兄ちゃんもお父さんのしつこさに渋々諦めたらしいよ。来月からこっち戻ってくるって……」

 どんどん悲観し絶望していく栞にようやくショックから立ち直った花子は息を吐き、慰めるように栞の肩を撫でた。


「……栞ちゃん、心配してくれる気持ちは嬉しいけどお兄さんは何も悪くないよ。お父さんに言われて仕方がなかったんでしょ? 妹の栞ちゃんがそんなに悲しんでたらお兄さんも辛いじゃない。それに、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。もう昔の事なんだから」

「そうだよ栞さん……先輩だってもう大人なんだから、今更花子姉ちゃんを追いかけ回したりしないよ。どうせ会わなければ済む話なんだからさ」

 冷静な姉弟が優しく説得すると、取り乱していた栞もようやく我に返ったようだ。


「そ、そうだよね…………私、なんでこんなに心配してたんだろう。もうずっと昔の事なのに」

 幼い頃、兄に花子をとられそうになったトラウマが強く残っていたのだろう。

 いまだ神兄の事になるとひどく敏感になってしまうようだ。


 姉弟に諭されようやく兄の呪縛から解放された栞の表情は、憑き物が落ちたように今とてもスッキリだ。


「お兄ちゃんに謝らなきゃ……こんなに脅えて私馬鹿みたい、フフ」

 恥ずかしそうに頬を染め笑った栞に、花子とハジメも思わず一緒に笑ってしまった。

 



 今日晴れて己を取り戻した栞のために、せっかくだから今夜は焼肉で盛り上がろうと約束し、2人は慌てて会社に戻っていった。


 食堂からスーパーに寄り買い物を済ませた花子は、アパートに戻るとさっそく夕食の準備に取り掛かった。

 今日は特別奮発してたっぷりお肉を購入したのでハジメも喜んでくれるだろう。

 野菜を切り終わり後は2人がやって来るのを待とうとのんびりしていると、ちょうど良いタイミングで玄関のベルが鳴り響いた。


「お帰りー…………あれ?」


 さっそくドアを開け出迎えると、いつもそこにいるはずのハジメと栞の姿が見つけられない。

 なぜかさっきまでは確実になかったはずの黒い壁が立ちはだかり、花子の視界を完全塞いでいる。

 突然できた目の前の黒壁を不審に思い、とりあえず1歩後ろに下がってみた。


 花子よ、勘違いにも程があるぞ。

 黒壁ではなく黒服の大きな人だったようだ。

 いつも真正面に必ずハジメと栞の顔があるので、失礼にも黒壁とばかり勘違いしてしまった。

 申し訳ない思いで慌てて大きい人の顔を見上げた。




(……………………ひ)


 声にならない悲鳴を上げた花子は、突然玄関前に立ちはだかった黒いアレを恐怖に見つめた。




「隣に越してきた天野です、よろしく」


 二度ある事はやはり三度ある、不幸にもこのたび三度目新たに巡り会ってしまった目の前の超絶ド級イケメン美男性。

 

 隣の天野さんだった。





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