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「お兄ちゃんひどい! 花子お姉ちゃんのこと知ってたのに黙ってたなんて!」

 とりあえず落ち着きを取り戻した3人は再びテーブルに腰を落ち着けると、栞は再びプンプン怒り始めた。


 栞兄改め神先輩もとい神兄が8年前花子と再会していたにもかかわらず、一切教えてくれなかったらしい。 

 そりゃあ栞が怒るのもまったくもって当たり前である。


「まあまあ栞さん落ち着いて。先輩も家族と離れてたんだし、きっと話す機会がなかったんだよ」

 ようやく現実を見つめ恋人の真の姿を潔く受け入れた懐深いハジメは、すかさず先輩のフォローを入れた。


「絶対わざとだよ。いつだって花子お姉ちゃんを1人占めする気なんだから」

 そういえば、昔花子はよく兄妹に挟まれ散々取り合いをされたものだった。

 両手をひどく引っ張られたあの激しい痛みがまざまざと蘇り顔を歪めた花子だったが、ハッと現実に戻り慌てて栞を見つめた。


「し、栞ちゃん…………それでお兄様は一体今どこに?」

「そうそう! 先輩は一体今どこに?」

 さすが義理とはいえ姉弟、顔面蒼白の姉と喜ぶ弟が仲良く同時に問いかけた。


「花子お姉ちゃん、大丈夫だよ。お兄ちゃんは高校からずっと遠くだし、今は働いてるからもうこっちには帰ってこれないよ」

 栞は脅える花子を安心させるように笑みを浮かべ、神兄の所在を教えてくれた。


「そっかぁ……じゃあもう先輩とは会えないのか」

「そっかぁ……それは本当に残念だね」

 やはり義理とはいえ姉弟、ガックリ落ち込んだ弟と頬をひどく緩めた姉は仲良く同時に神兄の所在を嘆いた。


 すでに神兄と別れて7年だ。相手も花子のことなど忘れているに違いない。

 今さら心配する必要もないのだが、互いに遠く離れている現状を知りとりあえず安心だ。


「お兄ちゃんには絶対内緒にするから安心して。花子お姉ちゃん、これからは邪魔されず、ずっと一緒にいられるよ。あ、ハジメちゃんも」

「栞ちゃん……」

「栞さん……」

 最後にようやくハジメを付け足した栞は花子の手をぎゅっと握りしめた。

 花子は義弟ハジメをやや不憫に思いながらも、やはり栞の気持ちは嬉しい。

 とうに諦めかけていた栞とこうして再び巡り会い、これから先ずっと一緒にいられるのだ。

 ハジメとの再会に続き新たにやってきた栞との再会に、花子の心は今最高の幸福に満たされた。





 妹のような栞が加わりまるで可愛いきょうだいが2人も出来たように、花子の日常も楽しく賑やかなものになった。

 会社帰りしょっちゅう遊びに来てくれるハジメと栞の3人で夕食を囲み、ワイワイとお喋りしながら共に過ごす。

 休みが合った休日は3人で外へ遊びに出掛け、ショッピングや遊園地、映画館に行ったりと毎週何かと忙しい。

 ハジメと栞は確かに恋人同士のはずだが、お邪魔虫の花子がいつも一緒でも何だかとっても嬉しそうだ。

 最初は遠慮していた花子も2人がいつも楽しそうなので、図々しくもまあいいかと気にしない事にした。

 2人とようやく再会できて日も浅い。しばらく甘えても許してもらえるだろう。

 花子の日常は楽しい2人のお蔭で、とても賑やかで充実している。



 花子の家に遊びに来ればいつも楽しそうに笑っている栞だが、何だか今日は様子がおかしい。


「どうしたの? 栞ちゃん」

 遊びに来て早々テーブルに突っ伏し暗く落ち込む栞に近寄った花子は、心配の声を掛けた。

 仕事でひどいミスでもやらかしたのだろうか、栞と一緒に来たハジメに理由を聞いても首を横に振られる。

 今日は朝から1日ずっとこんな様子だったらしい。

 

 花子とハジメがしばらく傍で様子を見守っていると、テーブルに伏せる栞はようやく静かに顔を上げた。


「花子お姉ちゃん、ごめん…………お兄ちゃんにバレたかもしれない」

「……え」

 暗く謝る栞の言葉に、花子はしばし現実逃避で時を止めた。

 隣のハジメに無理やり肩を揺すられ仕方なく我に返った時、栞は再び暗く語り始めた。


「花子お姉ちゃんと再会したこと、ついつい嬉しくてお母さんに話しちゃって…………絶対お兄ちゃんには内緒だからねって固く口止めしたんだけど」

「そ、それで?」

 花子がハラハラビクビクと続きを促すと、栞は再び暗く口を開いた。


「昨日家に帰った時、お母さんの様子が何だかおかしくて…………絶対私と目を合わせてくれないから、無理やり問い詰めたの。お母さん、お兄ちゃんとの電話でついポロッと花子お姉ちゃんの名前を呟いちゃったらしい」

 あまりにも暗く絶望した栞の様子に大事かと思いきや、そうではなかったらしい。

 なんだ……栞母が花子の名前をついポロッと呟いただけじゃないか。

 栞はあまりにも大袈裟すぎだと、思わず拍子抜けしてしまった。


「栞ちゃん、そんなに落ち込まないで。何も名前くらいで大袈裟に考えすぎだよ」

「そ、そうかな……」

 そうかな?そうかな?と不安に見つめてくる栞に、安心するよう深く頷いた。


「栞さん……いくら神先輩だからって、そのくらいじゃ反応しないよ。別に花子姉ちゃんがここにいるって知られたわけじゃないんだからさ」

「そ、そっか…………そうだよね。心配しすぎか」

 さすがにハジメも呆れ笑いで慰めると、ようやく正気を取り戻したらしい栞も恥ずかしそうに笑った。


 栞は昔と変わらずとっても良い子だ。

 いつも花子を心配してくれる。

 さっきまでの暗く落ち込む栞を振り返り不意に可笑しくなった3人は、思わず揃って笑ってしまった。






「おかしいなぁ……」

 すでに家に戻った花子は夕食の準備をしながら玄関ドアに視線を向け、思わず首を傾げた。

 いつも時間ピッタリ家にやって来るハジメと栞が、今日はなかなか現れない。

 遅れる連絡1つ寄越さないなんて、やはりおかしい。

 途中で何か良からぬことがあったんじゃと不安が過った花子は、ソワソワと心配し始めた。

 とりあえずハジメの携帯に連絡してみようと思い立った時、ちょうど玄関のベルが1つ鳴り響いた。


 

「お帰り、遅かったね…………ど、どちら様ですか?」

 花子がビクビクと見つめた視線の先には、明らかにヤバそうな不審人物2人組の姿があった。

 ようやく帰ってきたハジメと栞を明るく迎えるつもりが、不幸にも花子の勘違いだったらしい。

 勢いでドアを開けてしまったが、これはヤバいと急いで閉めた。

 時すでに遅し、ガシッとドアを掴まれ花子の抵抗はあっけなく塞がれてしまった。


「た、助けて……」

 震える声で救いを求めても、不審者共は構わずズカズカと家の中へ侵入してしまった。

 すぐさまドアを閉め鍵も掛けチェーンまで掛けてしまった不審者の容赦ない行動に、家に閉じ込められた花子はブルブルと身体を震わせた。


「だ、誰か!」

 大声を出せば近所の住人が気付いてくれるはずだ。最後の力を振り絞り助けの悲鳴を上げた花子は、結局不審者に無理やり口を塞がれた。


「花子お姉ちゃん、ちょっと静かにしてて!」

「モゴモゴモゴ!………………モゴ?」

 確かに聞き覚えのある声に恐るおそる閉じた目を開くと、不審者の姿を改めて見つめる。

 

 どう見てもかなり怪しい2人組…………1人は頭に黒スカーフをグルグル巻きつけたサングラス姿、もう1人はやはりサングラスにどこで調達したのか謎の時代遅れトレンチコート姿である。

 不審者共もようやく気付いたのか、サングラスを外し真の姿を現した。


「な、なんだ…………ハジメと栞か」

 どこぞの怪しい変態か泥棒と覚悟したが、なぜか変装し家にやってきたハジメと栞だったらしい。

 花子が安堵のあまりヘナヘナと崩れ落ちると、ハジメと栞もすべての変装を脱ぎ捨てた。




「驚かせないでよ。何なのその不審な変装は」

「ほら、だから俺は嫌だって言ったのに……」

 テーブルに座り直した花子がプンプン怒り始めると、向かいのハジメは責めるように隣の栞を見やった。

 花子とハジメ両方に怒られた栞は正座姿でシュンと沈んでしまった。


「一体どうしたの? 栞ちゃん」

「俺も知りたいよ、一体どうしたの? 栞さん」

 花子の家に向かう途中、共に無理やり変装させられたハジメも理由が分からないらしい。

 変装と言えばサングラスにトレンチコート…………何とも安っぽい三流変装姿のハジメを思い返せば、正直笑える。


「花子お姉ちゃん、実は……」

「……実は?」

 今だシュンと落ち込む栞がひどく言いにくそうに言葉を発したので、とっさに不安を覚えた花子は緊張しながら先を促した。


「実は、昨日お兄ちゃん突然家に帰って来たんだよ」

「…………ん?」

 おそらく聞き間違いだろうと無理やり現実逃避した花子を、向かいのハジメが手を伸ばし激しく揺すりかけた。

 仕方なく我に返ると、栞は再び暗く話し始めた。


「私が家に帰った時にはすでにお兄ちゃんがいて、こっちに出張ついでに家にも立ち寄ったんだって…………今日の朝にはもう帰っちゃったんだけど」

 まるで脅えるように変装してまでやってきた栞にどんな大事かと思いきや、そうではなかったらしい。

 なんだ…………ただの出張じゃないか。

 しかもすでに今朝帰ったというのだから、まるで心配する必要もない。

 栞はひどく心配しすぎだと、思わず拍子抜けしてしまった。


「栞ちゃん、そんなに不安にならなくても。たかが出張くらいで心配しすぎだよ」

「そ、そうかな……」

 そうかな? そうかな? と不安げに見つめてくる栞に、安心するよう深く頷いた。


「栞さん……いくら神先輩だからって出張中だよ? 何もできるはずないよ。別に花子姉ちゃんがここにいるって知ってるわけでもないんだからさ」

「そ、そっか…………そうだよね。心配しすぎか」

 さすがにハジメも呆れ交りで慰めると、ようやく正気を取り戻したらしい栞は恥ずかしそうに笑った。


 栞は昔と変わらずとっても良い子だ。

 いつも花子を心配してくれる。

 さっきまでの栞とハジメの変装姿を振り返り不意に可笑しくなった3人は、思わず揃って笑ってしまった。

  


 

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