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 彼女の名は鈴木花子すずきはなこという。

 その名は体を表すように自他共に認める平凡で、そして地味な女だ。


 めでたくも彼女、生まれは平成元年。

 花子が出生当時、すでに子供の名前に「子」を付ける親は格段に少なくなった時代でもあった。

 その中で、彼女は「花子」と名付けられた。

 別の意味では稀だった古き良き日本の名前「花子」。

 当時の現代子供が「花子」と聞いて連想するとすれば「トイレの花子さん」くらいだったかもしれない。

 それにもかかわらず彼女に「花子」という名を躊躇なく授けた母・良子よしこもまた、我が娘同様に平凡で、そして地味な女だった。



 さて、話の始まりは花子の母・良子である。

 外見も性格もすべてが地味で目立たない女だが、ひとつ長所を挙げるとすればその忍耐強さだ。

 彼女はすべてにおいて耐え忍ぶ女だった。

 逆に短所はと問われれば、彼女の周りにいる人間は皆一様に口を揃える。

 彼女は面食いだと。

 己の地味顔は棚に上げ彼女は所詮ミーハー、見てくれの良いイケメンが大好きだ。モロタイプだ。

 町で一瞬すれ違った好みの爽やかイケメンにあっさり心奪われ、1日こっそり後をつけ回した若かりし頃の経験も一度や二度、いや両手の数では済まされない。

 それで済めばまだ可愛いものの、時に本気の恋心に発展してしまえばたちが悪い。

 彼女は己の地味顔を再び棚に上げ、意中の爽やかイケメンに己のすべてを投じる。

 なんせ彼女の長所は忍耐強さである。

 愛しの爽やかイケメン様の為なら何でもする。

 身の程知らずにも爽やかイケメンの傍にじりじりとお近づきになり、後はただひたすら尽くしまくる。

 最初はドン引きした爽やかイケメンも彼女の純粋な献身ぶりとその便利さに、まあいいか邪魔しなければと納得し、けれど間違っても本命彼女ではない位置に彼女をキープした。

 彼女はそれでも幸せだ。

 毎朝、愛しのイケメン様の為に弁当を作り自宅アパートまで届け、そのまま掃除洗濯すべての家事をこなす。

 イケメン様の帰宅に合わせ夕食を作り風呂を沸かし、丁寧にイケメン様の身体を洗わせていただく。

 風呂から上がればイケメン様の髪をドライヤーで優しくブローし、一日仕事で疲れたイケメン様の全身をマッサージさせていただく。

 程よく肉付き良い彼女のゴットハンド、イケメン様はあまりの気持ち良さにごく稀に気まぐれを起こし、日頃の感謝の意を込め彼女を抱いてくれたという。

 もちろん金銭面でも彼女はイケメン様に尽くしまくった。

 イケメン様が一言呟けば安月給のなかコツコツと蓄え続けた貯金をあっさり切り崩し、どんな高価な代物でも喜んで捧げ続けた。


 そんな彼女と1人の爽やかイケメンの関係も3年目に突入した頃、彼女はとうとうイケメン様の子供を妊娠した。

 当然、本命でもなんでもなかった彼女はイケメン様に事実を話すと突然家から追い出され、あっさり捨てられてしまった。

 イケメンに無残に追い出された瞬間、彼女はショックのあまり生まれて初めてイケメン大好きな自分を悔いたという。


 もう決してイケメンは愛さない、傍にも近寄らない、悲しみと絶望のなか心に固く誓った。

 激しい後悔に苛まれるまま、彼女は自分に宿った新たな命を1人育て始めた。

 

 生まれた子供は花子。

 正真正銘紛れもなく母良子と爽やかイケメンの子供だ。

 しかし残念にも誰もが口を揃え認める地味顔母良子似、爽やかイケメン要素は1%も存在しなかった。

 残念な花子は母似の地味顔同様、やはり性格もとても地味だった。

 いつも部屋の隅でひっそり大人しく遊んでいる、どこにいても目立たない影の薄い子供だ。 

 自己主張をしない花子は幼稚園に通っていた当時、共に過ごす周りの子供には目にも入れてもらえず、そんな彼女を心配する先生にさえ時に忘れられてしまう存在だ。

 周りの子供から相手にされない花子だが、寂しい気持ちは人並に強かった。

 子供達と一緒に遊びたい、けれど声を掛ける勇気もない、自分を主張できない大人しい花子は結局誰とも友達になることは叶わなかった。

 それでも花子が笑顔でいられたのは、母とその周りの環境のおかげだった。

 工場で働く母と共に暮らす社員寮に帰れば、自分を愛してくれる優しい母がいる。

 同じ社員寮に住む母の同僚達は皆親切で、社員寮では唯一の子供だった花子をとても可愛がってくれた。

 この場所のいれば花子はいつも幸せだった。


 そんな母と母の同僚達に囲まれ大人しくも元気に育った花子だったが、なぜか彼女には生まれつき唯一酷く怖れるものが存在した。

 自分にもよくわからない。

 なぜ自分はこんなにもアレに恐怖を感じてしまうのか、決して苦手という甘ちょろいレベルではない。

 絶対に近づきたくない、なるべく視界にも入れたくない程にひたすら怖いのである。

 それなのに恐怖のアレは時に神出鬼没、通りすがりにふいに現れることもあれば、たまに店の中をうろついていたりもする。

 しかもアレの大きさは自由自在様々、自分よりはるかに小さいアレもいれば異様に縦にひょっこりしているアレもいる。

 これからアレになるだろう予感するアレもいれば、すでにアレの現役を去った過去のアレも存在する。

 多くの子供達が集まる花子の生活環境の中にも必ず1、2多ければ3アレが混じっていたりするから、これが非常に大問題だ、避けられない。

 花子にとって恐怖でしかないアレは、厄介にも目立ちたがり屋が大半を占めているらしい。

 大舞台の中央で主役を演じるアレ率はほぼ100%、端っこの森か林か草辺りの役目を全うする、決してその場から動けない花子にも、舞台上で大抵大暴れするアレは不意打ちで近寄ってきたりする。

 その度にブルブルと震える花子の緑色の被り物は、まるで風にざわめくような自然のリアリティを見事に醸し出し大人の観客をほう……と感動させ、初めて先生から褒められる嬉しくない経験もすべてアレのお蔭である。

 そんな派手で目立ちたがり屋のアレは花子曰くとても意地が悪い。

 大変人気者らしいアレは常に周りを囲まれちやほやと愛されている。

 周りがアレを愛でる中、アレを前にすると1人ビクビクオドオドしてしまう挙動不審な花子はアレにとって恰好のターゲットになりやすい。

 つまり、アレは花子をいじめるのである。

 それでもまだマシなアレの時はパシリ程度で済まされるが、時に酷いアレに当たるととんでもない。

 大変人気者故に周りからの拘束も多いアレは毎日相当ストレスを抱えているらしい、憂さ晴らしのごとく言葉攻めに遭い、冗談と称し暴力を振るわれ、時に間違ったと言って正面から水をぶっかけられる。

 しかもすべて園児時代の出来事である。

 ニヤニヤと意地悪く笑うアレは、やられても決してやり返さずじっと黙っている花子に飽きるまでそれを繰り返す。

 ようやく飽きていなくなったと思えば、今度は別のアレのターゲットにされてしまう。

 アレを怖がる故に生じる負の連鎖によって、花子の幼児時代は散々なものだった。


 

 そんな花子、そもそもなぜこんなにもアレが怖いのか。

 すでにおわかりかもしれないが、アレとはイケメンである。

 そう、世の女性の多くの憧れイケメン、大好きイケメン、眼福イケメン。

 花子も地味ながら普通の人間だ。

 人が美しいものに惹かれる気持ちはよくわかる。

 現に花子だって美しいものは好きだ。

 綺麗な花や植物、自然。見た目の可愛い美味しそうなケーキやお菓子。華やかな洋服や装飾品。

 そんなものに惹かれ憧れる、普通の女の子だ。

 綺麗な先生に優しくされれば普通に嬉しいし、可愛い女の子を間近にすれば客観的にちゃんと可愛いと認識できる。

 イケメンだって同じだ。

 やはりイケメンはイケメン。

 どんなに恐怖の対象であってもそれは嫌悪ではない。

 相手の美しい容姿はちゃんと美しいと理解できる。

 それでも花子はイケメンが怖い、ひたすら恐怖である。

 なぜ花子がこんなにもイケメンを怖れるのか。

 原因はおそらく、いや間違いなく母・良子の責任に他ならない。

 はっきり認めよう、胎教が悪かった。

 正真正銘花子の父親に当たる爽やかイケメンに無残に捨てられた母のイケメン愛への後悔は、当時腹の中にいた花子へダイレクトに影響を及ぼした。

 もうイケメンに関わってはいけない、近寄ってはならないという母の恐怖心が見事に花子の心にも宿ってしまったのである。

 もちろん花子自身、母が原因だと気付くはずもない。

 それは母良子も同様で、イケメン好きの自分とは違いひたすらイケメンを怖がる花子を不思議そうに見つめたものだった。

 おそらくこの親子、一生原因に気付かぬままこれから先も生きていくことだろう。

 

  

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