すーがく
「今までは精神的な苦痛しか与えて来なかったよね? でもさ、この勝負にルールはないよ」
満面の笑みを浮かべ、パイはそう言った。
その表情は本物であり、だからこそ他人には嘘を感じさせた。
いつも通り、そう言って惑わそうと考えているのだろう。
誰もがそう思っていた。
誰も気付いてはいなかったのだ。
醜く汚く潰し合う。
結論が出たときに、パイのヤル気はやっと出て来たのだということに。
「何を」
冷静に問い掛けようとした色彩が消えた。
比喩的な表現ではない。
単純に、その場から姿を消したのだ。
「驚いた? へっへん、頑張ったんだから」
可愛らしく子供っぽく、他の人を惑わすようにパイは笑った。
「まあ、そこそこね。原理はわかったわ。数学も理科も苦手な、このあたしですらわかったくらいよ。あの子なら戻ってきかねないわね」
しかし気にする様子もなく、墾田ちゃんは冷静に返す。
警戒するように辺りを見回しながらも、それを悟らせない冷静さで。
「スルーは酷いな。気持ち悪いとか、それくらい言ってくれてもいいんじゃない? 傷付くよ」
唇を尖らせて、パイは拗ねたように言う。
彼は容赦しないのだ。
たとえ自分が恋する少女を相手にしても、戦いは戦い。戦中にはほんの少しも容赦なんてしなかった。
冷たいと言われることもあるが、ちゃんと切り替えられる優秀な少年なのだ。
「えっ」
それでも少女に怪我はさせられない。
そこでパイが用意したのが、虫であった。
ロボットであるので、自分の思う通りに動かすことが出来る。
「きゃっ、何よこれ」
動かしたことにより、自分の足に付くものに気が付く。
そしてそれを手で捕り、小さく悲鳴を上げた。
彼女は虫が嫌いである。
丸っきり駄目と言う訳ではない。
探検に行けば虫くらい見ることはあるし、食べたことすらある。
それでも彼女はどうしても、虫が嫌いなのだ。
ただ嫌いなだけで苦手と言う訳ではない。
暫くすると、普通に手で握ってパイに渡してくる。
彼が用意したものだと気が付いたのだ。
「へえ、虫は大丈夫なんだ。女の子なのに」
そう言うパイの表情は、なぜかとても笑顔だった。
それが、墾田ちゃんは怪しくて仕方なかった。
考えれば考えるほど、パイの罠に嵌って行くのはわかっていた。
それでも怪しまずにはいられなかった。
「女子らしくなくてごめんなさいね。あたしはサバイバルも行ける性質なのよ。だって地理は担当だもの」
にっと笑って自然を装い、墾田ちゃんはパイの表情を窺う。
それすらも計算のうちなのか、パイは笑顔で返す。
決して本心は見えない、全てを塞ぎ込む笑顔で。
「なるほど。かあさんは勿論大丈夫だろうし、やっぱエリートは普通の女子じゃないね。さすがだお」
色彩が戻ってくるのを確認すると、パイは微笑む。
「皆、これからも僕と……」