すーがく
「結局二人切りでどこまで行ったのさ。正直な感想を教えてよ、みんなぁ」
好きな人をからかうようなテンションでパイは言った。
周りから見れば、パイのそんな姿は新鮮に感じたことだろう。
しかしそれは間違っている。
何もパイのことを知らない。ただ、印象と実物が異なっていただけ。新鮮でもなんでもなかった。
そもそも彼はいつでも素直で子供っぽい。
頭の良さから勘違いはされるが、彼に冷静さは欠けていた。
あくまでも得意とするのは数学だけだから。
「幸せな時間でした。怖いほどに、幸せな時間でした」
そう言うミスターは、なんだか泣いてしまいそうにしていた。
本当に怯えているかのような表情。
それに気付くと、色彩は優しく背中を撫でてあげた。
「そっか。そうか、君は素直なんだね。僕は自分の気持ちが読み取れないよ」
幸せそうにはしていたのだが、少し苦しそうな表情だった。
それに気付くと、墾田ちゃんが優しく手を握ってあげた。
「あっ、ひゃぁ」
いちゃつく二人が気に入らなくて、わざとそこから皆の気を逸らさせようとした。
そんなことをするのは、シャープである。
声を上げさせる為、倒置を後ろから軽く押した。
しかしそれが、彼女にとってより気に入らないことになってしまう。
想像以上にバランス感覚がなかった倒置は、そのまま転んでしまう。
そして彼の小さな体は、かんなの腕の中に包まれた。
「大丈夫か? 危なっかしい奴だな」
そう微笑むと、かんなは倒置を支えてあげる。
よろけ気味な彼を、ちゃんと立たせてあげる。
「大丈夫です、すみません。気を付けます、これからは。ありがとうございます、本当に」
美しい微笑みを浮かべ、倒置はぺこりと頭を下げた。
そして髪を耳に掛けると、もう一度「ありがとう」と微笑んだ。
恋に落ちる音がした。
本人は気付いていないかもしれない。
それでもそのとき、確かにその微笑みの虜になってしまっていた。
「可愛い奴だな」
ポツリと呟くと、かんなは自分の中に芽生えた気持ちを否定する。
首を横に振って、必死に掻き消した。
キャラを演じ切らなければいけない。
そう思うのだが、美しい微笑みが頭から離れはしなかった。
鼓動は早くなり、明らかに倒置のことを目で追い続けてしまっていた。
「ごめんなさいって言ってるじゃない! それなのになんで許してくれないの? むしろ、浮気したそっちが謝ってくれてもいいくらいだわ」
今日はかんなを諦めよう。
そう考えて、玉結びにキャラを切り替える。
さすがに、キャラ切り替え後は比較的落ち着いていられた。
そこまで重症という訳でもないようだった。
そして、明日になればかんなも戻っていると言い聞かせた。
「浮気とか信じられないでしょ、だって! そもそも、どうして力入れていないのによろけるのよ。それが可笑しいわ」
どんなに謝っても倒置に許す気配がないので、途中から逆ギレしていた。
しかし誰もがシャープが悪いという意見である。
逆ギレしたって、その考えは一層強くなるのみであったろう。
それくらいわかっていた。
だから彼女は、倒置に非を向けない為にそうした。
自分が悪いという考えであって、彼を傷付けたくなかったから。
許しを口で乞うつもりなどなかった。
簡単に許してくれるような倒置じゃないし、そんなところが好きだった。
それでも謝れと言うから謝った。
そしてそれで許さなければ、被害者である倒置も非難の対象になることがわかっていた。
だからシャープは無茶苦茶な逆ギレを始めたのだ。
「九十七%君が悪いよ」
それに呆れて、パイが遂に止めに入った。
理論的に数値的にゲーム的に、パイは説得に励む。
確かに喋るのが苦手で、文章構成が時々可笑しい国語が苦手な彼であった。
そうだけど、データを上げているので否定のしようはなかった。
普通の用語が思い付かず、ステータスなどゲーム感満載な言葉ばかり使っていたが。
それでも、彼の言っていることは間違っていなかった。
「あとでしっかり許して貰うんだよ? 別にここで、皆の笑い者になる必要はないから」
行動の幼稚さからもう十分な笑い者だけどな。
など、そんなことを考えながらもパイは全く表情に出さなかった。
素直そうな微笑みで、シャープに優しく囁いてあげた。
一途な彼女を惑わすほど、甘く。
「悪いのがこっちであることはわかっているよ! ごめんなさいね」
パイの得意は勝利へ繋がった。