ほけんたいく
「やっぱりよ、オレは嫌われてるんだろうか」
全く気にしないように見えた短距離走。
しかし、そんな筈がなかった。
気にしないよう装えただけで、気にしないなんて不可能だった。
彼だって、寂しかった。
それでも笑顔しか表情を知らない彼は、笑い続けていた。
「いいえ、何を仰りますか。優しい方を嫌う変わり者がいる訳ないではありませんか」
笑顔のかあさんは、笑顔で笑顔の短距離走に歩み寄った。
そう、二人とも笑顔だったのだ。
笑顔だと言うのに、悲しみを拭い切れていなかった。
この二人は、全く同じ表情を浮かべていたんだ。
悲しみに満ち溢れ、それでも無理のない笑顔なんだ。
決して作り笑顔と言う訳ではない。
微笑みでもなく、笑顔なんだ。
笑顔以外の表情を知らない。
笑顔以外の表情を、どうやって浮かべるのかを知らないのだ。
ずっと笑顔を浮かべ続けてきた二人だから。
「優しいとか、嫌味にしか聞こえないし。なんか、ずっと笑ってる自分に腹が立つ」
そんな短距離走の言葉に、かあさんは少し驚いた。
しかし彼女はそれを表情に出したりしない。
出しはしないが、隠すつもりもないので言葉にした。
「私も同じです。優しい人とか言われても、なんだか嫌味に聞こえるのです。そしてずっと笑顔を浮かべたままの自分が嫌いです。ここまで私の気持ちを理解して下さる方がいらっしゃるとは」
彼女の言葉に、短距離走は少し希望が持てた。
喜びを感じた。
あの天才、過酸化水素水と同じだと言うのだから。
「どうやら貴方を単純な方だと考えていたようです、申し訳ございません。優しいと言っておけば喜ぶような方ではなく、私と同じ思考回路を持っている方だったのですね」
興奮して、かあさんはついそんなことを言ってしまっていた。
そしてかあさんは感じ始める。
短距離走と話をしているときの、失言の多さに。
「ありがと。お前の言葉、嬉しかったぜ」
これ以上かあさんに恥を掻かせたくない。
そんな気を遣って、短距離走は終了させるという道を選んだ。
「ふふっ」
珍しくお淑やかに、微笑むように短距離走は笑った。
「あははっ」
イメージとのギャップが可笑しくて、かあさんは声をあげて笑った。
魔法に掛かったのように、二人は笑い合った。