りか
「私、きっと嫌われてしまいました。パイさん、ううん。パイ様の視線が、とても恐ろしかったです」
そこにへたり込んで、かあさんはそう言った。
普段弱音を吐かないかあさんだから驚いた。
驚くと同時に、救わなければいけないんだと感じた。
「誰も、お前みたいないい奴嫌う訳ないだろ。視線に怯える必要なんて、ないんだと思う」
かあさんはそれでも笑顔を絶やさない。
だからその努力を無駄にはしまいと考え、短距離走も笑顔であった。
二人とも悲しいのに、笑顔を浮かべていた。
そしてそのことに、更なる悲しさを感じてしまっていた。
「本当に、二位という順位を頂けてとても嬉しいのです。光栄なのですが、どうも生意気な私がいまして」
人に自分の話をすること自体、かあさんは珍しかった。
そんなかあさんの相談だから、短距離走は嬉しかった。
ちゃんと聞いて、ちゃんと答えてあげないといけないと思った。
かあさんを救いたい。
素直にそう思い、自分の無力さを感じ始めていた。
「折角二位になれたのに、なんで一位じゃないんだとか思っちゃうんです。そしてそんな醜い私を、パイ様は真っ直ぐ見つめていらっしゃった」
賢いかあさんだから、気付いていたのだ。
パイの視線にも気付いていて、悩んでいた。
それに彼女は、どうしても負けられなかった。
「なんて言われて、ここに来た? 絶対負けるなよとか、そんな言葉だよな」
そこで短距離走に、かあさんの苦しみの一部が見えた。
いつも鈍感な彼だけど、今日は珍しく敏感だった。
「まあ、そんな類のものではあります。理科と言う教科の宿命はお前に掛かっている、負けて帰ってきたらどうなるか覚悟しておけよ。でしたかね」
そう言ったあと、かあさんは失言に酷く後悔した。
別の教科代表としてきた”敵”に醜いところを晒してしまった。
こんな馬鹿にした言い方をして、彼らがこれを見ていたらどうしよう。
この二つの恐怖に怯えてしまう。
かあさんを安心させてあげたい。
そう思って行動していた短距離走も、自分の言葉を後悔した。
だってかあさんの笑顔が歪むのを見てしまったから。
「誰がんなこと言ったんか知らないけど、安心しろ。万が一にお前が負けても、オレがお前を守ってやるから」
短距離走が突然そんなことを言うので、かあさんは驚いてしまった。
そして不覚にも、嬉しいと感じてしまった。
「ふふっ」
嬉しくて照れ臭くて、かあさんは自然に笑顔を浮かべることが出来た。
「あははっ」
それが珍しくて嬉しくて、短距離走も心から声をあげて笑った。
魔法に掛かったのように、二人は笑い合った。