ほけんたいく
「批判することなんかないだろ。体動かして、皆楽しいだろうしよ」
疑うところなどない。
短距離走は信じ切っているので、批判などなく終わると思っていた。
だから、返す言葉も考えていなかった。
「確かに思います、体を動かすのはいいことだと」
「でも、楽しいってのは別なんじゃないかな」
倒置の言葉に短距離走は喜ぶ。
同じ思いだと、パイが倒置の言葉の続きを言う。
「病気予防の為に、体は動かすべきだと思います。しかしそれは娯楽とは程遠いもの、苦痛とすら言えましょう」
「すら言えましょう。というよりも、苦痛だと思うよ」
更に、かあさんと墾田ちゃんも続いた。
「運動なんかして何が楽しい、リア充共め」
俯きながらも、ミスターも続いた。
五教科を代表する面々としては、体を動かすことは好まない。
今まで部屋に籠もっていることが多かった。
彼ら彼女らにとって、それは束縛ではなく幸せ。自ら望んで部屋に籠もっているのだから。
「無理に批判的なこと言わなくて大丈夫だぜ。体育祭でも開けば、皆笑顔になるだろ? それで楽しんでるのはバレバレさ」
魅力紹介で開くことの出来なかった体育祭。
それを短距離走は開こうと言うのだ。
なぜあのとき開けなかったのか、理由も彼は理解しないのだろう。
「今回は強制終了術を持ち合わせておりません。ここは褒めるしかないのでは? 彼に言葉は届かない様子ですし」
都合のいい耳で、自分にいいことしか通さない。
それをいいことに、かあさんは小声にすることなく通常の音量でそう言う。
嫌味にでもなれば、そんな思いも込めて。
「彼自身の手で終了の幕を下ろさせるしかないもんね。彼が批判の言葉を全て説得させてくれるか、彼に保健体育の非を認めさせるか」
パイが終了に導く方法を確認する。
「まずそもそもさ、あいつが優秀じゃないじゃん。優秀さを証明も何もなくない? 企画者のあたしが悪いし、なんとかしてくるよ」
墾田ちゃんにここまで言われていても気付かない。
五人で作戦会議までされているのに、短距離走は気付かないのだ。
「無茶です、そんなの。全員にあります、責任は」
一人で戦おうとする墾田ちゃんを、倒置が止める。
「わたし、協力するよ? 体育祭は好まないし、同じ」
五教科代表だけではなかった。
作戦会議を開いているのに気付き、色彩も寄ってくる。
「気付かないのかな。これだけの人数がこっちで話していることにさ」
パイとしては、そこが不思議でならなかった。
彼はいつも異常なまでに周りに気を配るから。
異常なまでに気付きやすくて傷付きやすいから。
「あの二人は乗り気みたい。でも、参加は義務じゃ無い筈。六人で不参加、非を認めさせよう」
常識人だったら、自分の非にも気付く筈。
八人中六人が不参加と言えば気付く筈。
そう考えた色彩。
「それは多少悪い気がするですが。ああゆう奴は一度思い知った方がいいのです」
ミスターの恨みは関係ないところもある。
そうは思われたが、意見自体には皆賛成である。
「いつまで意地張ってんだ? もう始めるぞ。三人だけで楽しんじゃうぞ」
そう言えば慌ててくるとでも思ったのだろう。
しかし、体育祭という物に魅力を感じない彼ら彼女ら。
短距離走の言葉には何も返さなかった。
何も言わないし、全く動こうともしない。
「体育祭。名前からして体育以外を代表する人が好むものではないよね。それにも気付かないのかな」
短距離走が諦めて去って行くと、墾田ちゃんは気怠そうに愚痴り出す。
結構な声量だが、それでも短距離走の耳には届かない。
自分の意見と異なる意見は絶対に聞えない耳なのだ。
暫く準備運動をして待ったが、六人は来ない。
さすがの短距離走も、ここまで来たらやっと折れてくれる。
「ああ、わかったよ。オレが悪かったから皆で遊ぼうぜ」
短距離走は自分の教科の非を認めることで、優秀さを証明した。