びじゅつ
「いいものを持って来た。好きに遊んで」
色彩は持って来たものを取り敢えず机に並べた。
絵を描きたい人の為、画用紙と色鉛筆。クレヨンに鉛筆、絵の具などいろいろ用意してあった。
絵を楽しみたい人の為、世界の名画を用意してあった。といっても、さすがに本物ではない。本物を研究し尽くした色彩が、自分で描いたものだ。
最初の主張での喰い付きを見て、粘土も用意していた。
より遊べるように、型などの物も持って来ている。
「描いたんですか、色彩さんが? 憧れます、凄いですね」
画用紙と鉛筆を握り締めながらも、倒置は色彩の絵に見惚れていた。
「なれると思いますよ、世界的画家に。魅力的です、色彩さんの絵」
絶賛であった。絵が好きな彼だからこそ、色彩に強い憧れの心を抱いた。
それと同時に、自分とは遠い存在だと悟った。
”好きでいたい”そう思った。
恋などとは全く別の感情。
彼女を画家として好きでいたいと、彼は思った。
「嬉しい」
絵を褒められて、色彩は喜んでいた。
それでも表情には映らない。
本当に喜んでいる筈なのに、顔には全く映されなかった。
「ミーにも教えて下さいよ。本当に憧れます、絵が上手い人ってカッコいいですよね」
ミスターも色彩の絵を眺めて微笑んでいた。
色彩を眺めて、微笑んでいた……。
しかしそれには気付かない。
誰も、色彩も、ミスターも。
「とても嬉しい。いくらでも教える。英語、教わったから」
今度は、色彩の表情が動いた。
少しだけ、少しだけど微笑んでいた。
嬉しそうに、本当に嬉しそうな表情であった。
「ありがとうございますっ! ミー、頑張っちゃうデス」
いつも比較的冷静な二人。
そんな二人が、楽しそうに笑い合っていた。
「ありがとね。わたしの為、用意してくれたんだ。感謝してる」
擦れ違うときに、色彩は小声でそんなことを言った。
パイに……。
そう、彼が魅力紹介で用意しておいたのだ。
色彩の為に、用意してあったんだ。
本物を再現出来るよう、細かい位置や絵の具の比率を。
「あたし、絵なんて描かない。どうせ下手って笑うんでしょ? そっちが描けばいいじゃん」
「ふざけないでよ。僕は絵とか苦手なの! 笑われるようなことしないもん」
パイ本人は、墾田ちゃんと不思議な言い合いを繰り広げていた。
しかし、色彩の声は確かに聞こえている。
だって優しく微笑み返したから。そしてそれに色彩も気付いた。
「てりゃー! がっはっは、怪獣めぇ。オレが倒してやるっ!」
そんな中、短距離走は相変わらずだった。
一人で楽しそうに遊んで、一人でただ騒いでいる。そう、一人で。
粘土で怪獣を作り壊す。そんな幼稚な遊びであった。
確かに歳相応とも言える。
しかしこの中にそれを相手にする人などいないと思われた。
「負けませんよ。てりゃー」
優しくて、可愛らしいロリボであった。
短距離走も驚いて視線をそちらに向ける。
そこには、楽しそうに微笑んでいるかあさんが。
「私も一緒に遊んではいけませんか? 短距離走さん」
元気で皆友達! そんな風を装っている短距離走だが、本当はそんなことなかった。
彼も教科代表になるほどの優秀な子ども。
普通の子どもと遊ぶことなんて出来なかったのだ。
スポーツを一緒にすることが出来なかった彼。
いつしか、他のことでも遊んで貰えなくなっていた。
だから、かあさんの優しい声がとても嬉しかった。
「勿論いいぜ! お前、怪獣役でいいのか? 女の子のキャラくらい、新しく作るぜ」
嬉しかったから、短距離走は優しかった。
かあさんが優しかったから、短距離走は優しかった。
「構いません。いや、怪獣役をやらせて下さい。これがやりたいんです。我が儘言って、申し訳ございません」
そのかあさんの答えに、短距離走は驚いていた。
そして驚きの表情は、どんどん笑顔に変わって行く。
「ああ、いいぜ」
二人は仲良く楽しく遊んでいた。
憐れんだ訳ではない。
かあさんは本当に、短距離走と一緒に遊びたいと思っていたのだ。
だからこそ、短距離走も楽しく遊ぶことが出来た。
その場にいる全員に、色彩は楽しい時間を提供した。
「美術最高デス」
色彩による美術の魅力紹介は、ミスターエックスの声で幕を閉じた。