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英語&美術

「ただいまです」


 そう言って玲鳳は、どこか緊張しているように自分の家に入った。


 一方、初めて来る家だというのに彩音は全く緊張を見せない。

 反対に玲鳳のことを落ち着かせ、緊張を解き解してあげようとしているほどであった。


「玲鳳、なんで帰って来たの? お母さん、勝たなきゃ家に入れないって言ったよね。こんなに可愛く産んであげたのに、どうしたら負けられるのかしら。それと、折角あげた鬘をなんで外しちゃったの? 玲鳳は、お母さんに恥を掻かせる為に出場したんじゃないよね。ねえ? 玲鳳、俯いていても無駄よ。お母さんの方をちゃんと見て、質問に答えなさい」


 玲鳳の帰宅に気が付き、母親が優しく声を掛ける。


 言い方は途轍もなく優しく、顔が綻びそうなもの。

 それでも、その言葉は厳しいものであった。


 母が並べる言葉に、彩音だけではなく玲鳳も驚いていた。


 負けて帰ったことを、母は悲しむと思った。悲しんでくれると思った。


 それでも玲鳳は、母に怒られるだなんて思っていなかったから。

 予想外のことに、怯えたように瞳を潤ませる。


「彼は頑張った。責められるようなこと、一つもしていない」


 今にも泣き出しそうな玲鳳を見ていられなくて、彩音が玲鳳を庇うようにして母との間に入った。


 それが気に入らなくて、母は少し声を荒げた。


「玲鳳! お母さんは強い男の子になって欲しくて、玲鳳と名付けたの。女の子を守ってあげなさい。そんなの常識でしょ? 男は女を守るもの、反対なんてありえないの。彩音ちゃんと言ったかしら? 玲鳳に相応しいくらい可愛い子ね。選ぶ女の子は間違っていないんだから、玲鳳がしっかりすればいいの。玲鳳がもっと男らしい表情をして、彩音ちゃんはもっと笑って。そうすれば、最高の美男美女カップルが出来る筈だわ。くれぐれも、お母さんを悲しませることだけはしないでね。玲鳳はお母さんの誇りなんだから」


 長々と語るので、彩音は面倒臭そうにして耳を閉ざした。

 最早目も閉じて、今にも眠りに付いてしまいそうであった。


 話の区切り目を見付けると、落ち着いた低いトーンで言う。


「息子は母の飾りじゃない。あなたは自由を奪っている。だから今、わたしが江口玲鳳の自由を取り戻す。家に入れないならば、わたしの家に連れて行っていい? 仕方がないよね。それでは」


 淡々という彩音に、反論のタイミングを逃し続けていた。


 そして母が何か返さなければと思っているうちに、彩音は玲鳳を連れ去っていた。



「帰った」


 大きな門の前で、彩音は一言言う。


 すると車が迎えに来て、屋敷の前まで二人を連れて来てくれた。


 迷ってしまいそうなほど、広い屋敷。

 その廊下を迷いなく彩音は歩いて行った。


 何かに怯えるように辺りを見回しながらも、玲鳳はそれに着いていく。


 同じペースで歩き続けていた彩音が、突然立ち止まる。

 そして直角に曲がり右を向くと、大きな扉を開いた。


 そこには二人の男女が絵を描いている。彩音の両親だ。


 二人でいるのだが、会話などは全くない。

 お互いにお互いのことが視界にすら入っていないという様子である。


「同居する」


 彩音が小さく呟くが、二人は変わらぬ様子で絵を描き続けている。


 それなのに彩音はそれだけ言うと、部屋を後にしてしまった。


「彩音! 同居するって、男とかいっ?」


 夜になり、食事を取る為に彩音は部屋を出て歩いていた。

 お腹の空き過ぎか、どこかふらついていてそれを玲鳳がからかっていた。


 そんな二人のところに、父が走って近付いて来て叫ぶように問い掛けた。


「彩音ちゃん! 同居するって誰とよ!」


 突然の大声に彩音が驚いていると、今度は後ろから母の声が聞こえて来た。


 絵に夢中ではあったが、彩音の言葉を耳に入れていた。

 そして絵が描き終わると、言葉の意味を理解して驚いたのだ。


 何時間も経ってから言うので、可笑しくて玲鳳がくすりと笑ってしまう。


「彩音! この可愛い子は誰だいっ?」


「彩音ちゃん! この可愛い子はどうしたのよ!」


 慌てる両親を、まず彩音は落ち着かせた。


「この人は江口玲鳳と言うの。先程同居すると言った、わたしの婚約者」


 躊躇うことなく、はっきりと彩音はそう言った。

 その言葉があまりにストレートだったので、玲鳳は少し頬を赤らめてしまう。


「なんやねん! 芸術作品級のイケメン連れて来よって。優しそうな子だし、彩音には勿体ないな」


 娘は誰にも渡さないと言い続けていた父だったが、玲鳳を見て優しく頷いた。


「頼りなさげだけど、頑固者の彩音ちゃんには丁度いいわ。それじゃ、一緒にお夕飯としましょうか」


 母は優しく言うのだが、その表情は微塵も変わらない。

 そんなところは彩音に似ているのだな、と玲鳳は思った。


 全くの無表情なのだが、その表情が優しいことをよく知っているから。


「大歓迎会じゃい!」


「今日は玲鳳くんの歓迎パーティね!」


 そう言ってくれる二人を見て、人見知りな玲鳳が笑顔を見せた。

 安心して心を開けているような、素直な笑顔を。

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