国語&音楽
「ただいま帰りました。ごめんなさい」
国語の優勝。そして、自分自身の優勝。
最高の結果を持って、徹は帰宅した。
しかしその結果を知りながらも、徹を出迎える人などいなかった。
想像通りと徹は微笑みを絶やさずに家に入る。
「お久しぶりです。母上の様子はいかがでしょうか」
まず伯父と伯母に挨拶をする。
二人とも徹になど目もくれない。
それもわかっていると、徹は微笑み部屋を出る。
そして次に向かったのは、母親の部屋であった。
「徹ちゃん? 徹ちゃん、帰って来てくれたのね」
ずっと微笑み続けてきた彼が、初めて微笑みを崩す。
眠り続けていたし、今も眠っていると思ったからだ。
重い病なのである。
だから徹は姉夫妻に育てて貰っていた。
「はい。ただいま帰りました。ぼく、勝利致しましたよ。国語の魅力も伝えられましたし、皆にも好きって言って貰えたんです。それと、……友達が出来ました」
嬉しそうに、母の手を持って徹は言う。
それを、母もまた嬉しそうに聞いていた。
「初めまして。あなたが、徹様のお母様でいらっしゃいますか? えっと、お世話になっております。お子さん、婿に頂きますね」
徹が手招きをすると、部屋に雪子も入ってくる。
緊張のせいか、何を言っているのかわからなくなってくる。
「徹ちゃんを貰ってくれるの? おお。ありがとね。寂しくなっちゃうけど、徹ちゃんが幸せになってくれるなら」
優しい微笑みで、母は雪子の手も取る。
三人で暫く微笑み合っていた。
「なあ、徹。女を連れ込んだそうじゃねぇか」
母の部屋を出ると、ニヤニヤした伯父が待ち構えていた。
彼が徹に関心を持つことがなかったので、徹は少し驚いてしまう。
それと同時に、何を言われるのかと身構えてしまった。
「初めまして。徹様を婿に貰う予定、雪子でございます。お世話になっております」
緊張で頭がグルグルしてしまうので、そんな雪子の手を徹が掴む。
「お義母様に許可を頂いたので、連れて行っちゃいますね。それじゃ」
一度深呼吸をして、雪子は徹の手を掴む。
そして強くそう言って、家から連れ出したのであった。
「ただいま」
徹の手をぎゅっと握り、雪子は久しぶりに自宅へ帰った。
音楽の勝利も得られなかったし、自分自身の勝利も得られなかった。
いい結果をお土産に出来なかったのだが、雪子は喜んで貰える自信があった。
「ゆきちゃん! あなた、やっと友達が出来たのね」
嬉しそうに母が雪子を出迎えてくれる。
それが少し徹には羨ましく感じられた。
「友達くらいじゃないよ。お婿さん、貰って来ちゃった♪」
楽しそうに言って、雪子は徹を母の前に出す。
すると母は、徹の全身を舐め回すようにして見る。
そして暫くすると、満足そうに頷いた。
「可愛らしい子じゃない。ゆきちゃんにも、我が家にもピッタリだわ。ゆきちゃんが負けちゃったのは残念だけど、その子はちゃんと優勝したみたいだしさ。あたしゃ嬉しいよ」
うんうんと何度も頷いて、母は雪子と徹を奥へと案内する。
「雪子にも男が出来るとはな。嬉しいけれど、寂しくなるな……。それと、どんだけ可愛い子連れてきとんじゃぼけ! 父と婿、男同士のとかも出来んじゃろあほ! 二人きりになったらときめきそうだわ!」
静かに啜り泣いているようだった父は、突然叫び出す。
その元気な姿が雪子に似ていると、その優しさも雪子に似ていると。徹はやはりこちらも羨んだ。
だって彼は、父親の記憶を持っていなかったから。
父親と楽しそうに叫び合う雪子が、羨ましくて仕方がなかった。
「楽しそうなお家で安心しました。その、宜しくお願い致します」
少し照れ臭そうにしながら、徹は深く頭を下げた。
その可憐さには、三人とも息を呑む。
そして同時に「いらっしゃい」と返した。