最終勝利者
「教科の魅力を伝えることも出来たようですね」
嬉しそうに徹は有紗に笑い掛けた。
それに対し、有紗も嬉しそうな笑顔を返す。
教科の魅力を伝えられた代表のみが、この部屋に集められている。
先日同様、今日ここにいるのも三名であった。
そして徹と有紗は、今日もここに呼ばれた。
あと一人は、啓太である。
三人とも、本当に嬉しそうな笑顔を浮かべていた。
「勝ったんだ。オレ、勝ったんだ。元々の教科の力だとは思うけれど、やっぱ嬉しいな」
そう言うと、大きな口を開けて啓太は笑った。
それに続けて、有紗も大声で笑った。
自分が勝者、と大きく笑った。
「やっぱさすがあたしって感じね。悔しい思いで終わらなくて済んだわ」
自画自賛の後、有紗は安堵の表情を見せる。
正直、勝利する自信など全くなかった。
自分の無力さを思い知り、悔しい思いをして終わると思っていたのだ。
人気で選ばれるだなんて思っていなかった。
教科でも選ばれないと思っていた。
だからこそ、有紗は全力で体力の限り喜び尽くした。
「嬉しいですね。美術や音楽なんかが勝利するのではないか、とぼくは予想していたんですけどね。外れてしまいました。やはり、予想や計算は数学代表の仕事でしたかね」
照れ臭そうに頬を掻く徹は、本当に嬉しいと言った様子である。
「選ばれなかった人は誰が勝ったのかも知らないらしいわね。それを予想させて遊ぶってのも面白そうじゃない」
共に勝利を飾った有紗は、余裕の表情でそんな提案をする。
「そうだな。んで、んで。あとは、それから」
「こんなのもいかがでしょう」
「いいわね! 採用よ」
楽しそうに嬉しそうに跳び回り、三人でいろいろと話し合った。
これからの議題などを、精一杯討論した。
あんなにも何もやることがなかった。それなのに、今更になってやりたいことが溢れて来た。
最後を感じさせないよう、三人は楽しく話し合った。
もうこの部屋に訪れることはない、そう理解しているからこその行動である。
「あたしはこれからも負けたりはしない。ずぅっとあたしがトップ、勝者なんだからね」
満面の笑みの筈なのに、有紗の瞳から涙が溢れた。
だから有紗は、そう言い残して部屋を飛び出て行った。
「オレだって負けねぇ。先駆けは卑怯だぜ!」
啓太の目からも涙が溢れる。
だから啓太も、有紗の後を追って部屋を飛び出て行った。
「おいていかないで下さいよ。ぼくを、おいていかないで」
美しい漆黒の瞳から涙を零す。
そして徹は一人、立ち尽くしていた。
少し騒がしくて狭いような部屋。それが一人だと、余りに静かで広くて。
寂しくなって、徹は泣き崩れた。
『泣かないで。誰も貴男をおいていきはしないから。歩いて』
どこからか聞こえて来た声に、徹は酷く驚愕した。
愛しい聴き慣れた雪子の声。
彼女は徹が勝利することも、自分が敗北することもわかっていた。
そして自分がいなければ、徹は苦しむこともわかっていた。
わかっていた? いいや、それを望んでいたと言うことなのかもしれない。
だから雪子は、予め録音して部屋に残しておいたのだ。
「ありがとうございます。すぐにいきますね。しかしもう、賢いあなたには敵いませんよ」
涙を拭いて美しい笑顔を浮かべると、ボイスレコーダーを拾い徹も退室する。
そして遂に、部屋には誰もいなくなってしまった。
沈黙だけが部屋を埋め尽くす。