美術
「わたし、皆が好き。敵、だけど好き」
順にそれぞれの顔を見て、美術代表であった少女はそう言う。
恐ろしいくらい、全くの無表情で彼女は言っていた。
そしてそれを皆はいつも通りだと思ったが、そうでない。
玲鳳だけは気付いた。
彼女は別れを悲しんでいる。
だからこそ、わざと一生懸命に無表情を装っているのだ。
感情を表すことの出来なかった彼女。
そんな彼女が、意図的に感情を隠しているのだ。
「わたしはもう色彩ではない。斎藤彩音」
本名を名乗った後、急に寂しさが込み上げて来たらしい。
それは色彩に別れを告げることだから、自分が強くならないといけないと言うことだから。
彩音は怖くなってしまった。
彼女の頬を、一粒の筋が伝った。
それに触れて、彼女は酷く驚いた。
だってそんなことは初めてだったのだから。
幼い頃から無表情で、何を伝えることも苦手だったから。
物心が付いてから、涙を流した覚えなどなかったのだから。
「彩音ちゃん、泣いてはいけません。僕を守ってくれるって、言ってくれたではありませんか」
驚愕で立ち尽くす彼女に、玲鳳が歩み寄り優しい声を掛ける。
それは、男としてどうなのかと思うような言葉。
しかし彩音にはそれでいいのである。
「そう。わたしが、きみを守る。だから、わたしは強くいる」
そこまで言って、彩音は一旦大きく息を吸う。
「ありがとう。大好きなきみ、大好きな皆。ずっと、これからもずっと。だからわたしは寂しくない」
強くそう言うと、彩音は満面の笑みを見せたのであった。
彼女のその笑顔に、誰もが見惚れた。
彼女のその笑顔に、誰もが目を見開き見つめた。
それはまるで、千年の一度しか花を開かせない、とても珍しくも美しい花が開いたかのようで。
今まで見たこともないような感動を。
今までにないような、美の感動を与えた。
「ずっと。友達。ずっと、ずっとずっと友達。大好きな皆がいるから、大好きなこの場所があったから。わたしは一人になっても寂しくなんかないの」
そう言う彼女の瞳には強さが宿り、それは自然と皆を笑顔にさせていた。
もう彼女は無口でも無表情でもない。
斎藤彩音と言う少女の勇気。
終わりで悲しみに満ちる筈の一日も、始まりの喜びに思えた。
「今度こそ自分自身にならないといけませんね。もう二度と、逃げたりはしません。あやふやなままでは、私も皆もあの人もいい気分になりませんから」
誰にも聞こえないように、ポツリと呟き部屋を出る。