音楽
「皆を信じるから、皆も信じて欲しい。ゆきのこと、応援して欲しいの」
音楽代表であった少女。
雰囲気が全く異なっており、まるで別人のようであった。
ドレスを身に纏い、長い金髪を靡かせ彼女は現れた。
以前は私と言う一人称を使うことが多くあった。が、慣れないもので様々な一人称を場合により使ってしまったりした。
間違えて名前を言ってしまうといけないから、出来る限り自分を指す言葉は使わないようしていた彼女。
そんな彼女が言う”ゆき”と言う一人称は、初めて聞くが妙に馴染んでいるように思えた。
「もうシャープなんかじゃない。石川雪子よ」
弾んだ声で、雪子は名乗った。
「ゆきのは鬘じゃないわよ?」
金髪に対する視線を感じてか、頭を押さえて雪子は言う。
それがどうやらツボだったらしく、徹が腹を抱えて笑っていた。
声を上げて笑うことすら珍しい彼だから、その姿には誰も驚く。
「徹くんは、とってもよく笑うんだね。今まで目にしていたのは国語代表の少年であり、徹くんではない。そう思ってしまうよ」
笑うな、と怒ろうかとも思った雪子。
しかしなんだか急に悲しくなって、呟くようにそう言った。
悲しがる顔を見て、徹は更に笑う。
今の彼には、何もかもが楽しく感じられたのだ。
馬鹿にして笑っている訳でなく、楽しかったのだ。
「金髪、羨ましいです。鮮やかな髪を持つ皆さんが羨ましいです。黒髪だけは、いつも暗いって責められる定めなのです。失敗作、なのですよね」
雪子の髪を見て、玲鳳はそう言った。
可愛らしい。なんて理由で、色鮮やかな髪を持つ子供が生成されるようになった。
それは、親のアクセサリーのようなものであった。
そんなこと関係なく、自らの子供は大切なもの。殆んどはそう思っている。
しかし玲鳳の家は違ったのだ。
親だってあえて金色に染めているくらいだし、金髪の子供が産まれることを望んだ。
それでも玲鳳の髪は真っ黒だった。
別にそれを口に出して責めた訳ではない。
そうではないのだけれど、玲鳳がその想いを感じない筈などなかったのだ。
だから今日も玲鳳は、鬘を外したのだが麦わら帽を被っている。
「それは、うちのダーリンを馬鹿にしてるってこと? 黒髪なんて最高じゃない!」
不満気な玲鳳を見て、雪子はそう叫んで見せた。
徹の髪の美しさは、黒だからこそ輝くもの。
それに違いはなかったからである。
「麦わら帽子は、髪を隠す為のものじゃない。わたしは、その為に渡していない。その為に作っていない」
玲鳳が被る麦わら帽子は、以前プレゼントしたもの。
美術代表であった頃、プレゼントしたもの。
白い肌を守って欲しい、そんな想いでプレゼントしたもの。
だから彼女は、大好きな玲鳳を否定した。
「ごめんなさい」
それは驚くべきことで、玲鳳は反射的に謝ってしまう。
そして麦わら帽子を取ると、もう一度被り直した。
今度は、彼女の想いを尊重して、被っているのだと。
「それにさ、外見なんて関係ないよ。社会に出る分には大事かもだけど、少なくとも友達内ではね。それに、不自然な金髪よりも黒髪の方が似合ってるよ」
雪子は優しくそう言ってやった。彼女の優しさが沁みるようで、玲鳳も優しく微笑む。
髪が伸びるのが早いのか、彼女の髪は最早床についてしまいそうなほどである。
石川雪子と言う少女の勇気。
終わりで悲しみに満ちる筈の一日も、始まりの喜びに思えた。
「江口玲鳳。わたし以外の人に教えるのは、少し寂しい。でも、成長した。わたしも」
誰にも聞こえないように、ポツリと呟き部屋を出る。