英語
「今こそ、我が名を皆に知らしめるとき」
真面目にするのが恥ずかしかったらしく、英語代表だった少年は恥ずかしい登場をする。
本来ならば、恥ずかしげもなく言うからこそ笑われる台詞。
しかし彼は顔を真っ赤にして、いかにも本人こそ恥ずかしがっている様子。
皆も、恥ずかしいならやらなければいいのに、なんて思いながら微笑んでいる。
「ミーはもうミスターエックスなんかじゃないデス。僕は江口玲鳳と申します」
口でそう言ったあと、紙にペンで漢字を書いて見せた。
その名前が彼は余程気に入っているらしい。
楽しそうに、かっこいいだろうと言って回る。
「美しく強く、あなたに相応しい名前なのではないでしょうか」
あまりにも嬉しそうにしているので、徹はそう言って褒めてあげた。
今風のそんな名前が物珍しく、彼としても魅力的に感じるところもあった。
自分がそうだったら恥ずかしい、そうは思ったものの、そんな名前の人がいてもいいのではないか、とも思った。
だから普通に褒めた。
「恥ずかしくないの? そんな名前」
誰も言わないようにしていたのに、有紗は容赦なくそう投げ付けた。
その言葉には、玲凰が傷付くと思った。
だから美術代表であった少女が、駆け寄って行き有紗を睨み付ける。
「どうして恥ずかしいんですか? カッコいいではありませんか。僕に相応しいかどうかはわかりませんけどね」
しかし上機嫌だった為、玲凰は傷付いたような素振りも見せずそう返した。
「大丈夫」だと笑って、美術代表であった少女の手を払う。
彼の成長を喜び、彼女は素直に彼から離れる。
強くなる。その想いの下、必死に笑う愛しの人を眺めていた。
その視線は異性を想うもの。友を想うもの。息子を見る目とすら感じられるもの。
何より、温かいものだった。
「男っぽくて、かっこいいと思います。ほんと、とっても素敵です」
笑顔で褒めるのは、技術家庭科代表であった少年。
皆に褒められて、玲鳳は照れ臭そうに笑う。
その表情は幸せそうで、恐怖や不安すらなくなっていた。
覚悟を決めて、髪の毛に手を掛ける。
そして金色の鬘を勢いよく外して見せた。続いて、青色のカラーコンタクトも外す。
現れる綺麗な黒髪。まっすぐな黒い瞳。
「今まで騙していてごめんなさい。僕、本当は生粋の日本人なんです」
深く頭を下げて謝罪する玲鳳。
少しの間、沈黙が訪れる。
やがて、笑い声が起こった。
「知ってるよ。どう見てもアジア系の顔してるじゃない」
有紗のその言葉に、玲鳳は驚いたような表情を見せる。
暫くキョトンとし、それは満面の笑みへと変わった。
「あはは、あははっ。はぁ、そうだったんですか。でもあの装飾により、騙していたことに違いはありません。これからは飾らない僕と、友達として仲良くして欲しいのです」
楽しそうな笑顔で、再び玲鳳は頭を下げる。
謝罪ではなく、お願い。笑顔のお願いであった。
最近は室内にいることが多かった為か、当初に比べて肌は白くなっていた。
無理に出した低い声ではなく、いつからか声も低く変わっていた。
江口玲鳳と言う少年の勇気。
終わりで悲しみに満ちる筈の一日も、始まりの喜びに思えた。
「國枝徹か……。あの警戒心高い彼が、皆の前で本名を明かしたんだわ。次は私が番。でも変だな。皆のことを、信頼しちゃってるよ。偽名じゃなくって、本名を教える気になっちゃうんだからさ。変なの」
誰にも聞こえないように、ポツリと呟き部屋を出る。