理科
「本当に私を守ってくれるのですよね? それならば私も、勝手な行動を取らせて頂きます。それに私は、私も強くなりたいから」
理科代表であった少女は、決死の覚悟でそう言う。
そして自分の胸に手を当て、暫くすると再び口を開いた。
少女は怯えてなんかいられなかった。
だって今日は彼女に与えられた、最後の時間なのだから。
「私はもう過酸化水素水ではありません。雨宮優唯としてやって参りました」
拒絶を繰り返し、人との係わりを遠ざけてきた少女。
人を癒す愛らしさを兼ね備えた、涙を隠す生まれ付いての仮面少女。
そんな彼女が初めて人を信じた。
自分のことなんて、何も教えたくないし、知られないようにする。
始まった頃は、そう考え気を付けていた。キャラクターを完璧に演じようとしていた。
そんな彼女が自分自身としてここに現れた。
だから仲間として、温かく迎える。彼女が感じたことのない、優しさと温もりで。
「なんか、その……あれだな。可愛い、名前だな……」
照れ臭そうにしながらも、体育代表であった少年が褒め称える。
以前ならば、彼女はそれすらも嫌味に感じられただろう。
完全な作り笑顔で、お礼の言葉を述べていただろう。
大嫌いな親が付けた名前なんて、大嫌いだったのだから。
大嫌いな親から生まれてきた自分なんて、大嫌いだったのだから。
「ありがとうございます。そう言って戴けて、私もとても嬉しく思います」
しかし今は違う。
大切な人が出来たから。大切だって、本当に思える人が出来たから。
人を好きになって、自分も好きになれた。
だから作り笑顔なんかじゃなく、彼女は笑顔でお礼を言えたのだ。
本当に喜ぶことが出来たのだ。
「ありがとうございます、皆様に、ここにいる皆に、ありがとうございます。これからもどうか、私の傍にいてはくれないでしょうか。宜しくお願い致します」
まだ恐ろしいようで、目をきつく瞑ってそう言う。けれど目を開いたとき、広がる笑顔を見た。
その笑顔に安心したようで、顔を上げて優しく笑った。
優しそうな雰囲気。などではなく、彼女はもう優しさを手にしていた。優しさに触れて、優しくなれたのだ。
幼い顔もロリボさえ、今は少し大人になっていた。
雨宮優唯と言う少女の勇気。
終わりで悲しみに満ちる筈の一日も、始まりの喜びに思えた。
「これだけ皆が勇気出してるんだから、あたしもうじうじしてらんないね。ちょっと怖いとこもあるけど、信じてみよ。きっと、きっと大丈夫だよね」
誰にも聞こえないように、ポツリと呟き部屋を出る。