数学
「覚悟は出来てる。名前を教えてあげるから、代わりにその……これからも一緒にいてよね。僕にとって、数少ない友達なんだからさ」
照れ臭そうにそう言う数学代表だった少年を、皆で見守る。
今日は彼に与えられた、最後の時間なのだから。
「数少ない? はは、笑わせないでよ。唯一の、でしょ。あたし以外に友達と呼べるほどの人がいるとは思えないね」
社会代表であった少女が、少年を馬鹿にするように言う。
だけどそれもなんだか、彼には嬉しくも感じられた。
少なからず、関係は変わってしまう。距離も変わってしまう。
だから、今はそれがとても恋しく思えた。
「五月蝿いな。他の皆も友達だって思ってくれてるよね? ね?」
同意を得られて安心したようで、少年は本当に覚悟を決めた。
「僕はもうパイじゃないよ。青崎智也。初めまして、かな」
智也として会うのは初めてだ。
そう思って、彼は初めましてと口にした。
これから始まる、これから始める。
そんな切なる思いも隠れた言葉だっただろう。
「ともや? ありえない。なんて皮肉な名前なのかしら。友達がいないあんたにさ」
終わりを悲しんでか、自分だけのものでなくなった彼に嫉妬してか。
理由は本人にも定かではないのだが、いつも以上に口が悪いように感じられる。
しかし社会代表だった少女のこと、数学代表だった少年は好意的に思っている。好き、そう思い合っている。
だからそんなことなど、最早気にもならない。
傷付く? いいや、喜んでいた。
「五月蝿いってば! 智也っつったって、友達の友じゃないもん。賢いってこと、叡智の智って字。それなら間違ってないでしょうよ」
自分の賢さは、自分でも認めている。
謙遜など必要ないほど賢いことを、自他共に認めている。同じく友達が少ないことも、自他共に認めている。
自分の力を計り知れるのが、天才だから。
だから智也は、迷うことなく賢いならば間違っていないだろう? と言った。
そして少女もその言葉に納得する。
「でもほんと、ありがとね。これからも皆と一緒にいたいよ」
少年は素直な気持ちで笑う。
素直さは消えていないけれど、騙されそうなんかじゃない。意志を強く持つ、堂々とした少年に変わっていた。
最初に比べると、少し痩せてどこか大人になっているように思えた。
青崎智也と言う少年の勇気。
終わりで悲しみに満ちる筈の一日も、始まりの喜びに思えた。
「本名ですか……。不安も残りますが、皆様なら信じられます。皆様なら、信じたいと思えます。恐らくそんな勝手な行動を許されはしないでしょうが、皆様に私のことを知って欲しい。そう思うんです」
誰にも聞こえないように、ポツリと呟き部屋を出る。