保健体育
「意外だぜ。こんなに票が集まるなんてよ」
自信を持っているようで、自信など持っていない少年。
短距離走は、本当に驚いているようだった。
「調子に乗らないで。最後に勝つのは、絶対に英語なのだから」
どこか不機嫌そうに、色彩は言う。
彼女に闘志などもうない。
不機嫌なのは、終わりが近いからだろう。
しかし短距離走は、それを自分のせいだと思ってしまう。
「ごめんな。オレ、一生懸命頑張るよ。確かにオレは勝者に相応しくないかもしれね。けどな、全力でやるだけやってみるさ」
色彩が黙ってしまうほどに、短距離走は素直な少年だったのだ。
勝ちたい。
その思いの下、楽しそうに笑った。
「好きにして。叩きのめすだけ。ただ、体育の魅力は伝わったよ。リレー、ライバルとも繋がれた」
微かに笑みを浮かべて、色彩はそう言った。
彼女は短距離走の企画、リレーが本当に楽しかったのだ。
去り行く思い出、それを想うかのように色彩は天を仰ぐ。
冷たいコンクリートの天上すら、気持ちの良い青空に感じられた。
「あれは楽しかったな。おいらも、結構投票のポイントになったぜ」
良かった、と何度も短距離走を褒め称えるかんな。
素直に嬉しくって、本当に嬉しくって。
笑顔の短距離走は、涙さえ滲ませていた。
「そんなに楽しんで貰えてたのか。オレも楽しかったし、やっぱ運動はいいな! この場所がなくなっても、また……またどこかで……」
急に悲しそうな表情をして、短距離走は言う。
「そんなこと仰らないで下さい。この場所はなくならない、なくしたりしません。たとえ場所が変わったとて、たとえ上に引き離されようとも、何も変わりはしないのですから」
だんまりを決め込んでいた、短距離走の手を持ってそう言った。
その言葉は、真っ白な短距離走の心に深く浸透していく。
素直さを失い掛けた、子供らしからぬ面々。そんな少年少女も、素直に受け取ることが出来る言葉だった。
だってそれは、大人びた少女の、心から発せられた素直な気持ちなのだから。
「そうだな。何も変わらせはしない」
短距離走は、かあさんの手を強く握り返す。
そして滲む涙を振り払い、満面の笑みで言った。
「ありがとよ。もっと皆に運動の楽しさを伝えられるよう、一生懸命頑張るぜ」
短距離走はそう言って微笑んだ。