美術
「これは、本当に美術なの?」
色彩の発した一言目は、実に失礼なものだった。
一枚だけ、とても文字が下手なのである。
しかし自分の教科に投票してくれたものに対し、彼女はそう言った。
「ごめん。オレ、文字スゲー下手クソだもんな」
本人も自覚はあったから、すぐに謝る。
全く怒るような素振りもない。
それは彼の優しさ、魅力であろう。
「一応、美術って書いたんだ。ごめん」
何も悪いことをしていないけれど、短距離走は謝る。
そんなの可笑しい。
墾田ちゃんはそう思った。
だけど色彩との嫌な思いが、勇気を出すことが結局出来なかった。
恐れを知らない彼女だから。
臆病者の彼女だから。
何も悪いことをしていないのに、自分を責めた。
「綺麗な字。国語代表の人?」
短距離走の謝罪を受けると、もう興味がないと言うようにその紙は捨てた。
そして次の紙を持つ。
他人に興味を持たな過ぎた。
確かに、それは倒置に違いない。
けれど名前を呼ばずに、国語代表の人と言った。
それが気に食わず、シャープは拳を振るわせる。
しかし何を言うことも出来なかった。
優勝に掛ける想いの弱さ。それを考えれば、自分も皆を馬鹿にしているとも言えた。
自分だって大した努力をせずに、好きな歌だけを歌って来た。人も沢山傷付けて来て、努力した人を蹴って来た。
色彩に対して、言えるほど自分は偉くなかったから。
「あっはい、ぼくでしょう。あなたの芸術、ぼくは素晴らしいと」
国語代表の筈なのに、倒置は言葉が詰まってしまっていた。
色彩の真っ直ぐな瞳に見つめられては、冷静な彼も動揺してしまった。
やがて、興味を失ったと言うように倒置が書いた紙も捨てる。
「これはきみだよね!」
間違いない。
確信を持って、目を輝かせて色彩は言う。
今までとは明らかに表情が違った。
短距離走も倒置も、それを気にする様子はない。
それにも魅力を感じているよう。
だから他の人は、増々気に入らない。
「もう、終わりにしませんか? 投票は当然ですし、その話はあとで……二人きりで……」
普段は周りが全然見えなくて、喋ることすら恐れている様子のミスター。
しかしさすがの彼も、周りから色彩へ向けられている視線には気付いた。
そして、その視線が自分に向いていることにも。
それに耐えかねて、強制終了してくれるよう要請する。
「ありがとう。美術の魅力、皆もわかってくれると嬉しい」
色彩はそう言って微笑んだ。