社会
「投票のあと、こんな企画があったのね。自分で自分に入れないで良かった」
票だけで見るならば、墾田ちゃんは社会と書こうと思っていた。
自分が優秀と思っている訳ではなく、社会代表なだけあって当然社会が好きなのだ。
ルール違反を承知しながらも、墾田ちゃんはそうしようとする。
しかし彼女はそうしなかった。
正々堂々を掲げる少女だから。狡賢いところのある少年が、そんな素直な少年が大好きな少女だから。
推し留まり、素直に魅力を感じた教科に票を入れたのだ。
「でも、こんなに票が集まるなんて……嬉しいわ」
呟くようには言えたものの、照れ臭くなってしまい墾田ちゃんは慌てて叫ぶ。
天邪鬼な彼女の、正反対の叫び。
思ってもいない叫びには、想いが沢山詰まっていた。
「ありえない! あたしがこんだけ魅力を伝えてあげてんのに、なんでわかんないかな。これだから凡人は困るってものよ。本当なら、あたし以外だから二十四票集まっても可笑しくないところなのに」
ありえない。これは喜びを示す言葉。
魅力を伝えてあげてんのに、と言うのは彼女なりのお礼の言葉。
なんでわかんないかな、は「もっと頑張らなくちゃ」と言う意味。
これだから凡人は困るってものよ、はこれこそ正反対でわかり易い。「魅力をわかってくれたんだから、やっぱり天才ね」と言う、彼女の中の自信家が発した言葉。
本当なら、は理想を示す言葉。
あたし以外だから、と言うのは自分は自分に魅力を感じないと言う言葉。
二十四票集まっても可笑しくないところなのに、は最後にもう一度お礼を言ったのだ。
一つ一つ解読すると、墾田ちゃんはこんなにも謙虚な少女なのである。
無理矢理に生み出した自信家のキャラは、これだけしか彼女の中に含まれていないのである。
「社会は本当に素敵な教科だと思うわ。どうして魅力を感じないのか、その精神がわからないわよ」
墾田ちゃんの言葉にうんうんと頷いて、玉結びは大人っぽい微笑みを浮かべた。
それに嬉しそうに頭を下げて、墾田ちゃんは子供っぽく笑った。
はしゃぐ娘を微笑ましく見守る母親のようにも見えた。
けれどよく見ると、二人は全く同じ表情を浮かべているようにも見えた。
「三票入れて良いってことだったから、三人で分け合ったの。でも変よね? 誰一人として、被ることはなかったのだから」
そう言った玉結びは、もう一度微笑み直した。
「それにしても、社会は素敵な教科だわ。乙女の夢、男のロマン。希望が詰まった教科だと思う」
玉結びの言葉に、墾田ちゃんは素直に頬を緩める。けれど喜びを素直に表すのが子供っぽくて嫌らしく、一生懸命無表情を装うとしていた。
そんな姿も、なんだか子供っぽくて可愛らしかった。
「あんたも、あたしに投票しててくれたんだね」
パイの文字を見間違う筈などない。
墾田ちゃんはパイの下へ行き、嬉しそうに笑った。
それに対して、パイは微笑みながら頬を掻く。
「まあ、ね。楽しく学べるって点では、数学よりもずっと上だと思う。僕は楽しいんだけど、誰も数学を楽しいとは思ってくれてないようだしさ」
パイの気持ち、言葉。
墾田ちゃんの微笑み、はにかみ。
それは実に微笑ましく、愛らしく。
無性に壊したくなるようなものだった。
「私、社会に投票したんです。本当に素晴らしい教科ですよね? 理科社会って同じように括られることも多々ありますが、社会は比べ物にならないほどに素晴らしい教科です」
社会には魅力を感じた。
しかし、墾田ちゃんを好きだとは思っていない。
嫌い? いいや、なんの興味もないのだ。
そのくせ、目の前で幸せそうにしているとそれは気に食わない。
天才と囃し立てる周りの声が、天才少女の性格を意地悪く変えてしまったのだ。
そしてそれに美しい仮面を付けて、かあさんは微笑んでいた。
周囲の人間を癒す、偽物の笑顔。本物の笑顔に遥かに勝る、偽物の笑顔だった。
そんな行動にも、墾田ちゃんは全く胸を痛めなかった。
全くと言うことはないだろうに、嬉しそうな本物の笑顔を絶やしはしなかった。
「でしょでしょ? 社会って素晴らしい教科だよね」
跳ねるようにかあさんのところへ行く。
先程の投票理由が嫌味であることに気付きながらも。
だって少なくとも、かあさんが社会に投票したと言う事実は確かなのだから。
「ありがとっ! もっと皆に社会の魅力を伝えられるように、もっともっと頑張らなくっちゃだね」
墾田永年私財法はそう言って微笑んだ。