数学
「僕に、投票してくれたの?」
自信はなさ気だが、パイは墾田ちゃんに問い掛ける。
それを見て、墾田ちゃんは笑った。
不機嫌な顔をしていた彼女が笑った。
「当然でしょ? あんたの頭の良さを見せ付けられたら、魅力は感じちゃうよ。残念ながら、楽しそうとは思えないけどね」
素直に褒めるのもなんだか照れ臭くて、墾田ちゃんはわざわざ最後に付け加えた。
彼を傷付けないよう、しっかり言葉を選びながら。
そんな気遣いもことあってか、パイはそれを気にも留めなかった。
「ありがとう。そう言って貰えて嬉しいよ」
嬉しそうに、心から嬉しそうに笑った。
パイのその笑顔に、墾田ちゃんも嬉しくなって笑った。
満面の笑みのまま、パイはもう一枚の紙を取る。
「これは、どなたのでしょうか」
それは、酷く汚い文字だった。
数学。そう読むことすら限界の、酷い文字。
しかし他人に興味を示さないパイは、それが誰のものかわからない。
「オレだぜ。お前が凄いってなって、オレが入れた!」
その文字を確認し、短距離走が元気よく手を上げた。
短距離走はバカである。
だからこそ、素直に魅力を感じてくれているのだと思った。
短距離走はバカである。
だからこそ、ちゃんと説明をわかって貰えていたのかと嬉しくなる。
パイは嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑う。
「たった二票が、こんなに嬉しいなんてね」
数学と書かれた二枚の紙を抱き締めて、パイは瞳を潤ませていた。
あまりの喜びように、墾田ちゃんも短距離走もとても嬉しくなった。
「ありがとう。皆にも好きになって貰えるように、頑張らないとだね」
パイはそう言って微笑んだ。