ほけんたいく
「んじゃ、保健の授業でもすっか」
基本的に体を動かすことを好むが、企画上短距離走もちゃんと教卓で授業を行うことにしたらしい。
体育ばかりしてきたが、彼は保健体育の代表である。
勿論、保健だって優秀だ。教える能力にも、こちらの方が長けていると言えるだろう。
体育のときは、なぜ出来ないのかがわからなかった。
彼は天才であったから、人に教えるには向かなかった。
しかし保健ならば、彼だって学んでいる。
元より知っていた訳では無い為、わからないと言う気持ちも理解出来た。
だから人に教えるにはこちらの方が断然向いていると言う訳である。
「じゅるり。保健って、実習の授業はあるのかしら」
保健の授業と言う言葉に、墾田ちゃんは異常なまでに輝いた。
目が輝いたのみではなく、その全身が輝くくらいの喜びを見せたのである。
彼女はニヤリと笑い、パイの隣へ行き手を握る。
突然後ろから現れたので、パイの笑顔にも驚愕が混じる。
しかしすぐに微笑みを取り戻し、墾田ちゃんの手を握り返す。
「実習? よくわかんないけど、ただの授業だぜ。説明するだけだからちょっとつまんないかもしれないな」
短距離走は言うけれど、少なくとも体育のときよりは皆ヤル気だった。
自分は運動が好きで説明を受けるのが好きじゃ無い。
だからそれが、誰であっても同じことだと彼は思ってしまっているのだ。
「何これ、本当につまらないわ」
しかし授業が進むうち、墾田ちゃんは退屈していく。
そしてその様子を見て、短距離走は説明を聞くのはやはり退屈かと考える。
彼女が嫌うのは説明ではない。
ただ単に、説明している部分の内容が退屈だっただけ。
妄想に適さない、それだけである。
つまり、短距離走にだって全くの非がなかった。
「やっぱり、こんじゃつまんないよな。皆は頑張って授業したから、最後は何かスポーツでも」
褒美と言わんばかりに、短距離走はそんな提案をする。
その彼なりの微妙な気遣いに、墾田ちゃんがはっきりと文句を言おうとする。
だからその前にと、かあさんが立ち上がった。
「だ、大丈夫です。先生もお疲れでしょうし、結構ですよ。楽しい授業でした」
慌てて立ち上がる短距離走を止めるかあさん。
笑顔で他の人もそれに参加。
半数がそう言うので、短距離走も留まってくれる。
少し残念そうにする短距離走に、かあさんはお礼を言ってあげる。
「楽しい授業をありがとうございました」
そして過酸化水素水は、優しさで優しく笑った。