ほけんたいく
「最後はやっぱりリレーだよな。皆の想い、バトンで繋いでゴールしよう」
九日間に亘る体育祭の最終日。
寂しそうにしながら、短距離走はバトンを上に掲げる。
この日の為に、なんとかグラウンドを用意して貰っていた。
「長いのは嫌なんだろ? 九人で八百メートル、これでどうだ」
短距離走だって、名前にしている通り短距離の方が好きだ。
そして皆も嫌がると思ったので、距離は短くしようとした。
嫌がる姿を見たから、嫌がる姿にやっと気が付いたから。
「それぞれに合わせた長さにするかな」
一人一人を考える、そのことを短距離走は身に付けていた。
その意味では、彼にとって有意義な体育祭になったことだろう。
どの程度の距離を走れるのか、まずテストを行った。
そして”それぞれに合わせた長さ”というのが決まった。
まず倒置が二十メートル走る。バトンを受け取り、パイが五十メートル。次のかあさんは四十メートル。墾田ちゃんは百メートル、ミスターは三十メートルと続く。シャープが百四十メートルを走り、色彩が二十メートルを走る。技術家庭科代表の少年は、かんなとして百メートルを走る。
八人が走り終え、最後に余った分は短距離走が走る分と言う訳だ。
早い人を後に持っていこう、というやり方らしい。
しかしここでも、短距離走は気遣うことが出来た。
遅い人から並べていった訳だが、それを口にはしなかったのである。
口にしなくても、それくらい気付いてはいるようだったけれど。
それでも短距離走は、その程度の気遣いを覚えることが出来たのだ。
本番をきっちりやりたい。
そう思い、体力温存の為に練習も午前で終了。
その点も、体育以外を代表する面々としては助かっただろう。
日差しが弱まり始めてから、リレーはやることになっていた。
夏の太陽の下走れば力などでないし、危険も伴うからだ。
「こんな遅くまで解散しないのは初めてね」
リレー開始時刻、墾田ちゃんは呟く。
時計は午後七時を示している。
本来なら彼女は部屋でゲームや読書などに当てている時間。
その時間が減るのは嫌だから、正直集合も好きではない。
そんな墾田ちゃんだけれど、このリレーを嫌がっている様子はなかった。
スタートの合図が鳴り響き、倒置は全力で走り出す。
自分に与えられた距離を、責任持って全力で走り切った。
パイへのバトンパスも成功し、安堵と疲労の表情で応援席に戻る。
決して速いとは言い難いが、倒置が全力であることは誰にもわかった。
だから戻って来た彼を歓迎。
まるで使用人のように、シャープは駆け寄る。
リレーを眺める彼の汗を優しく拭い、日傘を差してうちわで扇いであげていた。
冷めていることの多いパイも、全力疾走を見せてくれた。
倒置の頑張りを見たら、自分もそうせざるを得ないと感じたのだ。
かあさんのおかげでスムーズなバトンパスも出来、パイはそこに座り込む。
「よく頑張ったわね」
微笑んで墾田ちゃんがパイに手を差し伸べる。
戻るよう促すと、かあさんのバトンを受け取る為自分の位置に着く。
笑顔ではなく本気の表情で、かあさんは走る。
細く弱々しい脚で、限界を超えて必死に走り切る。
言い渡された距離を、自らの意思で伸ばして貰っている。
だからこそ、限界を超えてでも必死に走り切る。
そしてミスだけはしないよう、パスは墾田ちゃんの手に合わせた。
丁寧に渡されたバトンを、墾田ちゃんは力強く受け取る。
そして力を込めて走って行く。
全力を維持したまま、請け負う長さを走り切る。
様々な場所を自分の足で歩いてきた。
脚力には少しだけど自信がある。
スピードは出ないけれど、墾田ちゃんは安定した力強い走りを見せる。
カッコいい。
そう感じさせるような走り。
緊張で震えるミスターの白い手に、墾田ちゃんはバトンを渡す。
落としてしまいそうになりながらも、ミスターはそれを握り締める。
迷惑は掛けられない、そんな思いで走っていた。
「バトン、気を付けてね」
ミスターの走りは危なかった。
墾田ちゃんはそれに気付き、擦れ違うときにシャープにそう告げていった。
頷いて、シャープは急いで自分の位置に着く。
ちゃんと、気を付けてバトンを受け取る。
恐怖と緊張による振るえ。受け取り辛いとも言えるバトンを、しっかりシャープは受け取った。
皆が本気で全力だった。
バトンからそれを感じ取り、シャープもそれを宿し全力で走った。
歌や楽器の為に、結構シャープは鍛えたりもしている。
どちらかと言えば長距離向きだが、遅くなどはない。
彼女が走り終えてしまうので、ミスターとのお喋りを諦め色彩は位置に。
それと共にかんなも位置に着いた。
バトンを華麗に受け取ると、色彩はバトンを華麗に渡していた。
遅くはないのだが、彼女に体力という概念は存在していないようで。
短い距離を素早く走り抜けた。
体力が尽きてしまい、フラフラと応援席への帰還。
それをミスターが迎え、溶ける色彩を隣に座らせた。
かんなの走り方は、男らしいものであった。
自分に与えられた距離を男らしく走り切り、短距離走にバトンを渡す。
しかし彼は、走り切った瞬間かんなではなくなってしまう。
応援席に戻ったときにはもう、彼の表情は不安で満ちていた。
見事な走りだった。カッコよかった。
そんな褒め言葉に戸惑っていたので、それを倒置が救う。
微笑んで手を引くと、自分の隣に座らせる。
そして一言、「よく頑張りましたね」と。
嬉しそうに微笑み合い、短距離走の応援をする。
大きな声を出す訳ではないが、ちゃんと応援していた。
ゴールしたことを表す合図も、皆の声で聞こえなかった。
ゴール間際になると、応援席を全員で降りた。
走り切った短距離走を、拍手で祝う。
かあさんなんて、始めから応援席に行かずずっと下にいたくらいだから。
それほどまでに皆も、本気で楽しむことが出来ていたんだから。
当然、解散のときでも笑顔であった。
体育祭最後の一日は、素晴らしい形で幕を閉じることが出来た。
溢れ出る汗を拭い、かあさんは笑顔で言う。
「これが運動の力なのですね」