りか
「今日は何をやらせて頂くことが出来るのでしょう。楽しみですね」
嘘ではなかった。
確かに運動神経は悪いけれど、運動が嫌いと言う訳ではない。
そして何より、かあさんは短距離走と遊ぶのが好きだった。
だからその言葉は、決して嘘じゃなかったのだ。
「二人三脚なんてどうだ? 絆が試される種目だと思うぜ」
先日のことを何も気にしていない様だった。
いつまでも引き摺っているのもどうかと思われる。
しかし短距離走の場合、反省していないようであった。
だからどうしても、パイは短距離走を好めない。
「絆、ねぇ。ふん」
完全にバカにし、パイは短距離走の言葉を鼻で笑った。
それでも短距離走は気にしない。
いや。気にしていないのではなく、気付いていないのであった。
彼は、バカにされていることにすら気付いていないのである。
「ペアはどうしたい? 雑魚同士はなしな」
悪気もなく、短距離走はそんなことを言う。
そんな彼のことが嫌いだから。
本当に大嫌いだから、パイは短気になってしまう。
素直だけれど、好きと言う気持ちに素直になれないパイ。
そんな気持ちではなく、本当に苦手意識を持っていたのだ。
「自分でも運動神経のクズっぷりはわかってる。それでもさ、無理矢理参加させてるのはそっちじゃん? もうちょっと言葉を選びなよ」
短気ではある。
でも、怒りを隠すのは得意であった。
だって今までずっとそうして来ていたから。
「何か悪いことを仰いました? 罵倒されていらっしゃるのはそちらだと思います」
首を傾げている短距離走の前に立ち、かあさんは庇う。
人によって態度を変える人がパイは嫌いである。
だからかあさんのことも、色彩のことも好まなかった。
勿論シャープのことも倒置のことも、そして自分のことも。
その理論で行けば、嫌いの分類に入るかもしれない。
しかし墾田ちゃんやミスターは嫌わなかった。
だって二人は強くなれないことを知っているから。
「かあさんは短距離走と組むつもりでしょ?」
その問い掛けに、かあさんは頷く。
パイの考えは読めなかったが、否定しても仕方ないので頷く。
「この中で最も運動神経がいいのは確実に短距離走。普通に考えれば、釣り合わなくて足を引っ張るだけ」
その言葉も、十分かあさんは納得出来るものであった。
だから再び小さく頷く。
「今頷いたと言うことは、かあさんは短距離走の意見に納得していない。自分と同じレベルの人と頑張るのではなく、不釣合いの人と頑張るのがルールらしいから。足を引っ張る? その普通の考えを持ったかあさんは、短距離走の意見なんか納得出来ていない」
やっとパイの意図に気付き、かあさんも反論に入ろうとする。
珍しくむきになり、反論しようとする。
それが嫌だから、短距離走はそれを止める。
かあさんを止められたのは短距離走だけ。
それにはさすがの短距離走だって気付けたから。
「熱くなるけれどバカ過ぎて生徒の努力を無駄にし敗北へ導くクズ教師タイプだね」
吐き捨てるようにそう言って、パイはふわっと優しく微笑んだ。
計算し尽くし作られた、最高の微笑み。
悲しみすら感じさせない、工作された微笑みであった。
温かさの欠片もない、作られた微笑みでパイは囁く。
「これが運動の力なんだ」