ほけんたいく
「昨日は驚いたぜ。んなことするなんてよ」
デリカシーの欠片もないらしく、短距離走はそんなことを言って笑う。
その言葉にまた泣き出してしまいそうだったが、かんなを演じることにより耐える。
かんなならば、ずっと笑っていられる強さを持っていたから。
しかしずっと笑っているから、短距離走は気付いてくれない。
傷付いていることに気付かず、先日の告白を演技と思い褒め称える。
弱いのに強さを演じるせいで、彼の心はボロボロであった。
「それよりも、今日はどのような設定で? 短距離走さんの演技、楽しみです」
涙を堪える少年を見ていられなくて、かあさんは演技を始めるよう短距離走を促す。
短距離走も悪気がある訳ではない。
そう言われれば、普通に演技を開始する。
まるで、何事もなかったかのように。
彼にとっては何事もなかったのだから、当然と言えば当然であろう。
「強がらなくてもいいのです。弱いあなたを見せて下さい、ね? 強がるあなたではなく、そのままのあなたの方がぼくは好きです。ぼくのせいで、あなたが壊れてしまうのが嫌なのです。特別にはなれませんが、友達でいては貰えないでしょうか」
そして少年の心の穴に、再び倒置は溶け込んでいく。
あまりにも彼は優しかったけれど、彼の言葉に嘘はなかった。
倒置としても、隣にいたいとは思うほどに好きだった。
それはかなり珍しいことである。
一人を好む倒置が、そう思うほどに好かれている。
満足。
これ以上欲は湧かず、満足することが出来た。
「残酷過ぎます。私はフラれた相手と友達として、付き合っていかなくてはいけないのですか? ありがとうございます」
求めていなかった、傷に沁みる辛い言葉。
だけど少年は、それで十分満足であったのだ。
それほどまでに、少年の胸には大きな傷が空いていたのだ。
「それでは、ぼくたちも演技に参加すると致しましょうか」
倒置の美しい微笑みに、少年は笑顔で大きく頷いた。
それはまるで、洗脳されたかのような笑顔。
それでも少年は幸せに包まれていた。
「諦めるな! さあ、立ち上がるんだ!」
「危険過ぎるわ! このままでは死んでしまう。田中ぁぁぁああ!!」
短距離走は、演技が上手いと言うよりも設定があまりにもわかり辛い。
ある意味策略では、そう思えるくらいであろう。
だから殆んどが着いて行けず、短距離走とかあさんが二人で叫び合っている感じになっている。
「私に任せて。今封印を解き、全てを闇に葬り去ってやろう」
二人の暴走を止める為、技術家庭科を代表する少年は戦う。
かなり痛々しい、中二病キャラを演じ始めた。
だってキャラクターを演じていれば、一時的に強くなれるのだから。
「へっ? えっと」
それは一旦暴走を止める為の言葉に過ぎなかった。
それでも短距離走には、予想外なまでの効果を発揮する。
自分のシナリオと異なる言葉に、短距離走は戸惑ってしまう。
かあさんと気が合い過ぎていただけ。
本来ならば、一瞬で終わっても可笑しくない演技であったのだ。
中二病台詞への返しなんて知らない短距離走は、何も出来ない。
たった一言で、キャラクターを崩して見せたのだ。
「ありがとうございました」