キノコ育成キットから女の子が生えた〜毒された生活編〜
俺は重い足取りでアパートの階段を上る。この先には、自宅という名の安息の地があるはずだった。
階段を上りきり、俺は自宅の扉の前に立つ。
この扉を開けて現れるのは、地獄かそれとも……。
手提げのカバンからカギを取り出し、それをカギ穴に突っ込む。ゆっくりと回すとカチャンと音がなった。それと同時に、ドタバタと何かが近付いて来る足音が、扉の向こうから聞こえてきた。
俺は覚悟を決めて扉を開く。
「ただい――」
「ご主人様おかえりなさい!」
俺の声に被せるように、かん高い声が五つ分飛んできた。
玄関から続く廊下を見ると、黄色く短い髪のこびとサイズな女の子たちが、俺に向かって走って来ていた。
クツを脱いで玄関から廊下へと上がると、女の子たちは俺の周りをピョンピョンと跳ね、小さな顔の中の大きな瞳をキラキラとさせながら、アホ毛も一緒にピコピコと揺らしている。五人とも同じ顔で、全員が黄色っぽいワンピースに、肩を被う蜘蛛の巣状の短いマントと栗のペンダントを首元に付けていた。全く同じ五人だったが、性格が違うのと、頭に付けた数字のヘアピン、アホ毛の数で見分けがついていた。
元気よく喋りながら五人が俺の足元をウロチョロとする。
五人は姉妹のようだが、ファーストネームも同じなので、ミドルネームで呼んでいた。ファーストネームはマロン。ラストネームは苦栗。ミドルネームはナンバーになっていて、一〜五までととてもシンプルだった。
俺はそのままのナンバー呼びも何なので、イチ、ニイ、サン、シイ、ゴウと呼んでいた。
「おかえりおかえり!」
ゴウが笑顔いっぱいでピョンピョンと跳ねる。
「遅い……」
シイが寂しげな顔で言った。
「待ちくたびれた!」
サンが口を尖らせて主張する。
「お腹減った!」
ニイが口をへの字にして、お腹を擦った。
「ご飯より水が先でしょ」
イチが人差し指を立てて、ニイを訂正する。
俺は苦栗たち五人の話を、歩きながらはいはいと適当に流していたが、最後のイチの言葉に引っかかった。
「ん? ご飯より水が先?」
何だか嫌な予感がする。
俺は廊下の突き当たりにある、部屋への扉を開けた。
そこには、地獄の光景が広がっていた。
「お〜ま〜え〜ら〜」
俺は怒りを抑えながら声を絞り出す。
「これはどういうことだ!」
怒りを抑えようとしたが、俺は抑えきれずに怒鳴った。
部屋の中はめちゃくちゃだった。
棚の上や机の上に置いてあったものはほとんどが下に落ち、落ちていないものも倒れていたり、中身がぶちまけられていたりと散らかっていた。真ん中にあるテーブルの上には、深めの皿に飲み水を入れておいたが、ひっくり返って周りがビチャビチャになっていた。
水は苦栗たち五人の大事なものだ。
だから、イチはご飯より水が先だと言ったのだ。
水がないと、苦栗たち五人は生きていけない。
なぜなら、苦栗たち五人は、キノコだからだ。
この苦栗たちと出会ったのは二週間前に遡る。
友人からキノコ栽培キットを貰ったのだが、そこから苦栗たちが生えてきたのだ。
俺はシイタケを栽培して、食料にしようと思っていただけなのに……。
それ以来、どこにも行くところがない苦栗たちは、俺の家で暮らしている。
「お前らそこに座れ」
苦栗たちを閉めた扉の前に、横一列で座らせた。
「俺は家を出る前に何て言ったでしょう?」
苦栗たちはそれぞれそっぽを向いたまま黙る。
「何て言・い・ま・し・た・か?」
俺はもう一度強めに言った。すると、まずイチが口を開いた。
「部屋の中を散らかさずに、お留守番してなさいって言っていました」
「はい、そうですね。では、この部屋は何故散らかっているのでしょう?」
次にサンが答える。
「だって暇だったんだもん」
「だってじゃない」
その次はゴウが喋る。
「いっぱい遊びたい!」
「遊ぶのはいいけど、ここまで部屋の中を荒らす遊びは禁止したよな?」
ニイが口をタコにしてもんくを言った。
「ご主人様の言う遊びはつまらん」
「ニ〜イ〜!」
反省の色が見えない。
苦栗たちはいつもこんな調子だった。
俺はどうしたものかと深い溜め息を吐く。
すると、俯きがちのシイがボソリと呟いた。
「ご主人様いない。寂しい。遊ぶ。それ忘れられる」
シイが俺をチラリと見上げてくる。
潤んだ瞳とぶつかった。
これは反則だ。
可哀想なシイに怒る気がいっきに失せた。
「とにかく、もう部屋の中を荒らすような遊びをしたらダメだからな」
「え〜」
ニイ、サン、ゴウが不満の声を上げる。
「ダメなものはダメだ。ほら返事」
「はい……」
五人はしぶしぶ返事をした。
「じゃあ、理解出来たところで、部屋の中を片付けるか。布巾を持ってくるから、お前らはテーブルと周りを拭いてくれ」
「えー、片付けめんどくさい」
「ニイ」
俺はわざと大げさに作った怒った顔で、ニイを睨む。
それを見たニイはビクリと肩を揺らし、しょぼんとした顔でテーブルに向かった。
俺は布巾をキッチンに取りに行き、持ったままだったカバンとビニール袋をキッチンに置いて、片付けに戻った。
布巾を苦栗たちに渡し、自分は散らかりまくった部屋の中を片付けていく。
時折、苦栗たちを横目で確認するが、まじめに濡れた場所を拭いているようだった。
三十分ほどかけて、ようやく部屋の中がキレイになる。
帰ってそうそう無駄な体力を使った。
俺はテーブルの前にあるソファに、ため息を吐きつつ深く座った。
苦栗と暮らすようになってこんなことばかりだ。
どっと疲れが出る。
腕を目の上にやり、身体の力を抜いた。
しばらくそうしていると、どこかからグウゥと聞こえてきた。
俺はその音の場所を探して身体を起こす。
すると、テーブルの上でしょぼんと集まっていた苦栗たちのうち、イチの顔が真っ赤になっていた。
そういえば、俺が家に入った時にお腹が減ったと言っていた。
俺は疲れた身体を叱咤して立ち上がり、キッチンに向かう。
キッチンに置きっぱなしにしていたビニール袋を拾い、中のものを出す。
とりあえず、出来合いの弁当は電子レンジの中へ。
時間をセットしてスタートボタンを押し、ビニール袋のもとへ戻る。
今度はビニール袋の中から、袋に入ったカット野菜を取り出した。それを、二つの皿に取り出す。一つは深めの皿に。もう一つは大きめの広い皿に。
ビニール袋にはあと一つ残っている。
俺はそれを取り出して、さっと洗い包丁で切り、広い皿のカット野菜の上に散りばめた。
これで完成だ。
俺はサラダの皿二つと温め終わった弁当を電子レンジから取り出して運び、テーブルの上に置く。
「ほら、晩飯だ」
そう言うと、苦栗たちが広い皿のサラダの周りにおずおずと集まる。
それを確認して、俺は自分の晩飯を食べ始めた。
空きっ腹で動き回ったからか、余計にうまく感じる。
苦栗たちも同じなのか、サラダをがっつき始めた。
大きな野菜にハグハグとかぶり付いている。
「ご主人様! これおいしい!」
ゴウは俺が包丁で切ってのせたものを、両手で掲げた。大きな瞳をさらに大きくさせて、満面の笑みを見せていた。
他の苦栗たちも夢中になって食べている。
苦栗たちが夢中になるもの。
それはゴーヤだった。
スーパーの野菜売り場を通った時、ゴーヤを見付け、つい買ってしまった。
苦いものは苦栗たちの好物だ。
迷惑をかけられてばかりの苦栗たちだったが、俺は最近こいつらの笑顔を見ているのも悪くないと思い始めていた。
「落ち着いて食べろよ」
俺はゴウの頭を人差し指で撫でる。
ゴウはそれにくすぐったそうに笑い、すぐにサラダへと戻った。
突然始まった苦栗たちとの生活だったが、この生活に毒されてきたかもしれない。
肩を落として鼻から息を吐くと、思わず頬がゆるんだ。
end