ハロワの座敷童子
三題創作バトンより、「ハーブティー」、「帳簿」、「テディベア」の3つを選んでみました。
公共職業安定所、またの名をハローワーク。通称、ハロワ。求職手続きや雇用保険手続きなどの求職者向けのサービス、人材の紹介や雇用保険の適用など事業主(求人者・使用者)向けサービスを行っており、雇用だけでなく職業相談も行っているこの場では、多くの人間が職業を求めにやって来る。この俺、中山勇仁もそんなハローワークで数々の人間に職業を紹介して、職を与えて来た。
しかし、そんな俺でもハローワークに来て「ハローワークに入りたいです!」と言う人間が来るのは稀だし、そしてそいつが人外だと言う事も珍しかった。
ハローワークは厚生労働省の各都道府県労働局の管内に複数設置される出先機関であり、働いている職員は国家公務員。官職としては『厚生労働事務官』に分類されており、『国家公務員II種、III種試験』に合格した人間がこの職員になれると言う。最近では離転職の困難さや精神的なストレスを多く抱えた求職者が増えて来ているため、中核的な役割をしているハローワークでは臨床心理士を非常勤で野党などの措置が取られている。とまぁ、軽く俺はそう説明したのだが、
「だ、大丈夫です! わ、私、その難しい試験にかける時間も人の何倍もありますし、精神的苦痛も緩和出来ると思いますです! な、何せ、癒しキャラですので!」
そう言って、彼女は拳を強く握りしめた。
艶のある長い黒髪を腰まで伸ばしていて、その瞳は何もかもをも見通すような人形のように大きな瞳。背は小さく、守ってあげたいような格好の彼女は藍色の和服をきっちりと着込んでいる。うるうると大きな瞳に涙を溜めつつ、持っていた自身の身体と同じくらいの大きさのテディベアを抱きかかえて、彼女は僕の顔をしっかりと見ていた。確かに彼女の言う通り、癒しキャラみたいな感じはある。
彼女の名前は座敷童子。かの有名な、住むだけでその家を繁栄させると言う妖怪である。
そう、妖怪。つまり人ならざぬ者。正直、どうしてここにと思う人が多いだろうが、どうも何故かは分からないがこの人外様は、このハローワークで働きたいみたいなのである。正直、相手なんかしたくはないけれども、誰かは相手をしないといけないので仕方なく、俺が相手をしているのだが、正直困る。
「ここは人間の職業を紹介していますが、妖怪の職業は紹介していませんよ?」と言って帰って貰うのが一番簡単ではあるが、もしこの座敷童子が本当は人間で、そしてそんな言葉を言われたのだとマスコミに嗅ぎつけられたら面倒なので、相手をしているのである。
「で、どうしてこのハローワークに働きたいと思っているのですか?」
と、俺は自称座敷童子さんに話を振る。さり気なく、気持ちを落ち着かせて貰うために緑茶ではなくて、ハーブティーを勧めてみたんだけれども、座敷童さんは「だ、大丈夫です!」とだけ言って頭を振るだけだった。
……気持ちを落ち着かせるために飲んで欲しかったのだが。こんなハーブティーを飲むだけで職を決めるなんてしないのに、何をそこまで緊張しているのだろうか?
「わ、わわ、私、昔から人を幸運に導く妖怪として居たんですけれども、その時は何もせずに幸運に導いているだけだったんです。でも、そんな自分を変えたくて! だ、だから、人に職を与える御社の活動に感動を覚えまして!」
「……御社って」
『ハローワーク』を『御社』なんていう奴は初めて見た。その時の俺はそう思っていた。まぁ、要するに昔は沢山の人に可愛がって貰えてそれで満足していたけれども、今は人に職を与える事で満足したいとの事なのだろうか? 正直、どうだって良いが、俺は彼女の持って来た書類を見る。
『名前;座敷童子
性別;女
年齢;4027歳
前の職種(無い場合は無職);自宅警備員
資格;日商簿記1級、全商簿記1級、全経簿記1級』
「……流石にこの歳と職種は問題だろう」
「き、きき、記載する時は嘘偽りなくとお願いされましたのです!」
確かに嘘偽りがない方が印象としても良いのだが、流石にこれだとバカにしてると門前払いをくらうのが筋だと思った。
「その体躯だと……多分、21歳でも可笑しいとは思われるけれども、せめてそのくらいにしておいた方が良いと思いますよ?」
「4、4000歳もですか!? さ、サバをよ、読み過ぎなのでは!?」
いや、普通4000歳以上も生きている方が怒られると思われるだろうが。
「日商簿記、全商簿記、全経簿記の3種とも1級なのは凄いんだけれどもな……」
「ず、ずっと家に居て暇だったので……。あ、あと、通信教育で受けられる試験は全部、取っては居ますけれども、その事も記載した方が宜しいでしょうか?」
「…………」
何? その無駄な資格の数々は? どれだけ有能なんだよ? もうハローワークとかじゃなくて、他の所に行けば良いのにさ。なんでハローワークなんだろうか?
そんなに資格を持ってるのならば、引く手数多だよ? ハロワじゃなくても、就職出来ると思うんだけれども……。
「ハロワで帳簿をやっている人は少なくはないよ? けどね、そこまでの資格を持っちゃってると、流石に過剰と言うか。他にもいっぱいの資格を持ってるんでしょ?
それなのに前の職種が自宅警備員ってなんなの? 自宅警備員ってほとんどニートと同意語ですよね? これだったら無職の方が……」
「じ、自宅警備員と言われましても、色々と大変なんですよ? 屋根や壁の補強や床や柱のシロアリ退治、不審者退治と言った事までやって大変なお仕事なんですよ! に、ニートと違って、働く意思は高いんですから同じにしないでくださいです」
「そんな事は直接聞かないと分からないから、せめて無職で書いて置いてくれると助かるのだが」
「で、でも嘘を書くのは……!」
う~む。ややこしい。どうも彼女の価値観だと、嘘を書くのはいけない事だと思っているみたいだが、こんな事を書いている方が嘘だと思われそうなのだが。
「良いか、座敷童子さん。これは断じて嘘ではない。嘘を吐くのはいけない事だが、記載内容に沿って書くべきだ。職種の欄には自宅警備員と言う物は存在しないし、年齢も目には見えない上限と言う物がある。これはそれに反しているんだ。嘘ではない、規則に合わせているだけなんだ。社会ではこう言うのも大事な事の1つだよ」
「な、なるほどー……」
そう言いながら、持っていたメモ帳に何かをメモしていく座敷童子さん。そして、俺を見て敬礼のポーズを取り、
「分かりました、先輩!」
と、大きな声で宣言したのだ。
「せ、先輩……?」
俺はその言葉に困惑していた。何故に後輩でも無い求職を求めに来た者から俺が先輩と言われないといけないか? それが分からなかったからである。その事に彼女も気付いたみたいで、慌てふためいていた。
「え、えっと……その……あの……。もし、ハローワークへの就職が決まったら先輩になるんじゃないかなと思いまして……。それだったら挨拶しといた方が良いのではないかと思いまして」
「はぁ……。熱心なのは良い事だが、そう言う事はなってから話すものだ。とりあえず、今日の所は家に帰ってくれると……」
俺がそう言うと、困惑していた彼女はさらに困惑した顔で、
「ざ、座敷童子と言うのは、住んでいた家から出る際に儀式が必要でして……。それを行わないと、家が没落してしまうのですよ。前に住んでいた家はそれで無くなっていると思いますので、別の家にお邪魔しないといけないのですが……」
「とりあえず、誰かの家に行かないといけないって事は理解した。けれども、当てはないと」
コクコクと力なく頷く座敷童子さん。……はぁー、仕方ない。俺はそう思いつつ、彼女の手を、触った事のないような柔らかい手を取った。
「仕方ない。繁栄や衰退には興味がないから、そう言った事をしないのならば、家に置いてやっても……」
「ほ、本当ですか!? な、何から何までありがとうございます! で、では最上級の幸運を!」
「居なくなったら運がなくなるのならば、必要ないから。デメリットが大きすぎる」
俺はそう言いつつ、座敷童子に少し待つように言い渡した。彼女は大きなテディベアを抱きしめつつ、どこかへ向かった。俺は次のお客様へと向き合った。
「さて、次のお客様? お客様のご希望の職業は何でしょうか?」
「雪女と言う妖怪なのですが、温泉の仕事はないでしょうか?」
また同じタイプのが来た気がする。とりあえず胃にストレスを溜めないようにするためにも、ハーブティーを1杯お願いしよう。