第一話 《GCO》って知ってるか?
「今日で課題が終わります!」
蝉の鳴き声も活発になり、いよいよ本格的な夏を迎えようとしている今日7月24日。俺こと天津太陽は俺の部屋で大声を張り上げる親友、柳創太を見ながら大きなあくびをした。
「今日から全力で課題を終わらせます!」
違うクラスだというのにわざわざ一番奥の俺の机までやってきてそう言ったのは約一週間と少し前。普段はゲームかバスケしかしないこのバカの突然の行動に面喰ってしまった俺は、理由も聞かされまま配布された夏休みの課題を自分の分だけでなくヤツの分まで処理することとなり、あれよあれよと言う間に一週間。俺は夏休み3日目にして課題の9割弱を終わらせてしまうという偉業を達成した。
「で、なんだよ急に俺んちに来て。俺はお前のわけ分からない提案のおかげで寝不足なんだが」
何せ夏休み40日分の課題をわずか一週間で終わらせろとぬかすのだ。その上創太の分の課題まで手伝わされ、かれこれ4日ほどろくに寝ていない。今だって朝の9時を丁度過ぎたころ。夏休み期間中の俺は、コイツが来るまで絶賛爆睡中だった。
「そう怒るなよマイソウルブラザー。毎年恒例、夏休み終了間際の課題の一斉消化が前に来ただけだろ?」
「俺はお前と違って計画的に消化するタイプなんだよ」
それでもこの悪友の頼みを断りきれないこの性格には本当に困っている。コイツに限ったことじゃないが、どうしても「お願いします」みたいな顔をされると断るに断れない。俺は自分の長所ともいえるしたん所ともいえる性格にため息を吐いた。
「まあまあ。文句を言うなら……これを見てからにしろって!」
俺のため息が怒っているように見えたのだろうか。それでも適当ななだめ方の創太は、俺との間にあったテーブルの上に2つのものを叩きつけた。その瞬間、さっきまで俺を襲っていた眠気が一気に消し飛んだ。
「これ……って、《GCO》じゃねーか!?」
《GCO》、《Gun Create Online》。3年前にゲーム会社、オズ社が開発し、発表と同時にゲーム業界のみならず様々な分野で革命を巻き起こした新技術、VRシステム対応の初のVRMMORPGだ。
『剣と魔法の物語』ならぬ『銃と魔法の物語』をキャッチコピーに、徹底的にまで追求したリアリティと今までにないほどの広大な世界、そしてキャッチコピー通りの“剣が存在しない”という斬新な設定で、発表直後から話題沸騰。初のRPGゲームなのもあってβテスターの応募は定員1000名に対して5万名以上に上った。もちろんβテスターの応募には俺や創太も応募したが、やはりこういうのは何かを持っているか持っていないかの違いなのか。俺等は後者の方だった。
「実は俺の親戚にオズに勤めてる人がいてよ。本当は一本だけだったが、無理言って二本譲ってもらったんだ」
そう言って笑う創太の顔は、今の俺には神のほほ笑みに思えた。
「スゲーじゃねーか創太! 実のところ通常版の予約が俺が行った時にはもうなくてさ。恩にきる!!」
「ま、俺もやるなら知ってる奴と一緒の方が心強いからな。今日が発売日だが、店が開くのは大体が10時くらいだ。一足先にスタートダッシュ!」
「ああ!」
この《GCO》は未だかつてないほどの注目を浴びている作品だ。第二陣すら参加出来るか不安で、正直第三陣での参加覚悟だった。それが第一陣でプレイできるのだ。俺のテンションはMAXを越えていた。
俺は大急ぎで机の引き出しからⅤR専用のヘッドギア、「ブレースト」を取りだし頭につけた。(由来は頭脳の“ブレイン”に加速の“ブースト”を掛け合わせたらしい。テレビで開発者が言ってた。)コンセントにつないだ円冠状のそれにさっき創太がくれた《GCO》のカセットを入れると、突然そばにいた創太が立ち上がった。
「あれ、お前はやらないのか?」
てっきり創太もここでするとばかり思っていた俺は少し驚く。
「俺は太陽にそれを渡しに来ただけでブレーストは持ってきてない。それにこれから俺は夜までぶっ続けでやるつもりなんだ。お前んとこの親が困るだろう」
「それもそうか。わかった、じゃあまたあとで」
俺の言葉に手を上げて返事をした創太が部屋を出たのを確認すると、俺はブレーストの電源をオンにした。瞬間、とてつもない眠気に襲われる。VRの世界に入る前兆だ。俺はそれに身を任せ、意識が闇に落ちた。
◇◆◇
-――Gun Create Onlineの世界へようこそ。本日はご購入いただきありがとうございます-――
気がつくと俺は真っ白な立方体の部屋の中にいた。何もなく、俺しかいない空間をどぎつい照明が部屋全体を照らす。照明が白い壁に反射して正直目がチカチカしてたまらないが、頭の中に響く女性の声に気を取り直す。
-――ここではあなたのアバターの設定を行います。アバターはデフォルトですか、オーダーですか?-――
デフォルトとは現実世界のままの俺の姿のことだ。ブレーストの初期設定で体をスキャンされ、基本どのVRゲームもこの姿で操作することとなる。……というよりデフォルトでしか操作できなかった。オーダーというのはおそらく髪を金髪にしてみたり、耳を尖がらせてみたりというようなそんなところだろうが、多分このシステムはこのゲームが初めてだ。
「だがあえてデフォルトで」
理由は簡単。ここで銀髪碧眼のイケメンなんかにしてみろ。現実で落ち込む。
俺は目の前に現れた「デフォルト」と「オーダー」のディスプレイの「デフォルト」の方を押す。するとまたもや女性のアナウンスが響いた。
-――次にユーザー名を入力してください-――
二つのディスプレイが消えると、次にキーボードが現れる。
「えー…っと、スンっと」
俺の名前、太陽の英語「SUN」をただローマ字読みしただけの安直なものだが、案外気に入ってる。 入手し終えると、同じくキーボードも消えた。
-――ユーザー名を決定しました。これより一分後、最初の街“風の国・シード”へ向かいます-――
……さて、これからどんな世界が広がっているのか、とても楽しみだ。
剣がない世界も気になるが、スキルやモンスター、装備も気になるし、やってみたいことは沢山だ。
-――では、御武運を-――
そして俺の目の前は真っ白になった。