第三話:涙?の再会
その6)
「…ふわ〜あ」
皆の大歓声にもお構い無しに、流依は一人大あくびをしていた。
「…うるせえなあ。相変わらず」
皆の歓声は、彼にとって騒音でしかないようだ。すると、クラスメイトがにっと笑いかけた。
「おいおい、そりゃないだろ。お前の兄貴だぜ?」
すると流依は、話しかけてきた相手を不機嫌そうに一睨み。
「…別に。流がああだからって、俺がどうするわけじゃあない。一緒にすんな」
「おお、こわ」
わざとらしく怖がって見せる様子を無視し、流依は他の生徒よりも一足早く講堂の入り口へ向かった。
他の生徒達が大騒ぎしながら教室へ帰っていく流れの中に、巻き込まれるのはごめんだった。
(さっさと教室に戻って、寝よう)
***
そろそろ開会式終了の様子がうかがえると、流羽はそわそわとあたりを見渡し、終了の合図が司会者から出ることを待った。
早くこの場を離れ、流に会いに行きたかったからだ。
(あれは間違いなく流兄だった…)
幼い頃とは大分面立ちが変わってしまってはいたが、自分が知っている流の面影はちゃんと残っている。
(早く…早く会いたい…)
気持ちばかりが、流羽の中で膨らんでいった。
***
「では、優勝杯返還も終わったので、これにて開会式を閉幕する!!くれぐれも帰り道で乱闘騒ぎをおこさないように!!解散!!」
すると、その言葉を待ってましたとばかりに流の前に人だかりがわっと集まった。
「江田君、お疲れ様!!」
「格好よかった〜」
「先輩、今年も頑張ってください!!」
壇上から降りてきた流を出迎えたのは、上級生、同級生、下級生…大半が女子だ。
「頑張れって……一応張り合うもの同士だろ?」
下級生の言葉に思わず苦笑して見せると、そのしぐさに周りから黄色い悲鳴が上がる。
(やれやれ…)
流はチラッと隅に目をやった。すると、笑いをこらえている同じクラス役員の姿が目に入る。
(こりゃ、長引きそうだな…)
先に行っていてくれと目線で合図をすると、了解というように首を縦に振り、彼らは教室へと向かっていった。
(流依のやつは…どうせ先に抜け出しているんだろうな)
集団の中に身を置くことを嫌う弟を思い浮かべ、流は軽くため息をついた。
***
(う、わ…)
流の前にできた黒山の人だかりに、言葉を失う流羽。一応早めに流の元へ向かったのだが、上には上がいた。
きゃあきゃあと黄色い声を上げる女子を見て、流羽は思わず感心したようにつぶやいた。
「すごい人気…」
「当然だよ」
振り返ると、先ほどから流羽に色々と説明してくれている男子生徒がいた。
「江田先輩は学年を通り越して、学園中の人気を集めつつあるんだ。
去年の功績を残してからは、男子の間でも、上級生、下級生を問わずに注目を集めているよ」
「去年の功績?」
「ほら、さっき会っただろう?優勝杯返還」
役員が身長に運んでいる優勝杯を指差しながら彼は言った。
「言うまでもないけど、あれは去年の北斎杯優勝者クラスができることなんだ。実は、高校3年生以外での学年が、北斎杯で優勝するってことはこれまでになくてね。北斎杯が開催されて以来、前例のない功績をあの人は残したんだよ」
そういって彼は流の方を見た。
「僕も、あの人すごく尊敬しているんだ。一度じっくりお話したいって思っているんだけど…」
あの様子じゃあね、と苦笑して見せた。
「もしも江田先輩と話したかったら、今の時期は無理だね。もう少し落ち着いた、秋ごろがいいんじゃないかな?」
「あ、秋…」
流羽は思わずあきれたものの、あの様子を見てしまっては、本当にじっくり話せるのは秋ごろになりそうな勢いだ。
ここでずっと待っていても埒が明きそうにない。流羽はちょっとがっかりしつつも、皆と一緒に教室へと戻っていった。
***
教室へ戻り、平穏な時を少しでも望もうとした流依の願いはあっけなく打ち破られた。
「おい…江田」
「……」
入り口で呼び止められ、ゆっくりと振り返る。そこにいたのは、他のクラスの生徒達。おそらく流依と同様で、ぐじゃぐじゃした生徒の列に入るのが嫌で、先に帰ってきたのだろう。
「…なんだよ」
「今さらだろ?こういう展開になったら、次のことは目に見えてる」
彼らはにやにやと意地汚い笑みを浮かべながら、流依を見据えた。
「去年のカリ、ここで返させてもらうぜ」
***
「あれ?」
皆と共に自分の学年の階へと上がってきた亨は、廊下の入り口にできた人だかりに首をかしげた。
「何の騒ぎ?」
「あ、堀内」
列の先頭にいたクラスメイトが彼女を見かけ、慌てた様子でしゃべりだす。
「大変だ。江田達が、一触即発な雰囲気」
「江田達って…流依?」
「それ以外に誰がいるんだよ」
流なわけないだろ、とあきれ返る相手。
「とにかく、まずいって。新学期早々騒ぎを起こしたら」
どうやら流依は、騒ぎを起こす常連生徒らしい。それは周りの生徒も良く知っているようだ。首を伸ばして廊下の先を見ると、一箇所だけ自然と空きができている場所がある。
「でもねえ」
亨は先のほうを覗くことをやめ、首をすくめた。
「あんた、あそこに割って入って止める気ある?」
「う……ない(汗」
「でしょ?いくらKのあたしでも無理だよ。強いって言ってもさ。それに止めるなら、今女子に囲まれてる流を連れ出さなきゃ」
「あ…そっか。でも無理だよな」
納得したようにうなずくクラスメイトの肩を、亨は軽くたたいて見せた。
「どっちにしろ、大騒ぎになるんだから、このまま放っておいて、伊達先生が来るのを待とうよ。流以外に流依止められるのは、あの先生だけでしょ?」
「…だな」
「一体…何の騒ぎ?」
教室へ帰ろうとした流羽は、高校2年生のクラスがある2階を見て言った。
「なんか、人が上に上がれなくてつまってるみたい…」
「おい、当麻!」
流羽と一緒にいた男子生徒、当麻 翔は名前を呼ばれて振り返った。
「どうかしたのか?」
翔を呼んだ生徒は、息を切らしつつも興奮したようにしゃべりだした。
「今2階で、江田先輩達が騒いでいるらしいぜ。新学期早々、勇気あるよな〜」
「達って…流先輩はまだ講堂にいたぞ?」
困惑する翔に、彼は叫んだ。
「バカ、流先輩が騒ぎを起こすか?先輩の弟、流依先輩だよ」
「「え?」」
その言葉には翔だけでなく、思わず流羽も声を発していた。
***
その7)
廊下から響き渡る鈍い音と怒声。そして、かすかにうめく声。
流依は、ふんと鼻を鳴らして辺りを見回した。
「何だよ。せっかく威勢よく来るから、どんだけ手ごたえがあると期待して見れば…駄目駄目じゃん」
床に転がる複数の影を見ながら、流依は大きく伸びをした。
「これなら無視して寝てたほうがまだ有効だったな」
「て…めえ」
傷1つ負わずに平然と立ち尽くす流依を、憎憎しげに床からにらむ。
「人のこと、バカにしやがって…」
「バカなんだから仕方がねえよ。じゃあな」
背中を向けて教室へ去ろうとする流依。
その様子を見て、周りにいた野次馬の生徒達はひそひそとささやきあう。
「やっぱり圧勝だな」
「当然だろ?そもそもあいつに挑みかかる時点で決着はついてるさ」
この状況を見てわかるだろうが、流依は学年内で恐れられている生徒の一人だった。
寡黙で集団を好まない、一匹狼。
その上、喧嘩の腕前はかなりのもの。
生徒達の不安要素を仰ぐ全てを、彼は持ち合わせていた。
「……っ!」
教室へ向かおうとした刹那、聞こえてくる空気を切る音。
軽く首を傾けると、自分の顔面脇をブリキのバケツが横切っていくのがわかる。
(今時ブリキって…一体どこから引っ張り出してきたんだ?)
投げられた事実よりも、投げられた物を気にしている流依は、後ろを振り返って投げつけてきた相手に皮肉を浴びせる。
「随分と卑怯なマネをするな?」
息を呑む相手。ゆっくりとにじりよる流依。
だがそれは、2人の背後から聞こえてきた鈍い音によってさえぎられた。
***
「は?」
バケツが音を立てた方向を見た亨は、思わず叫んだ。
「ちょ、ちょっと!!大丈夫なの!?」
顔を両手で押さえ、廊下にうずくまる女子生徒。
亨は生徒達を掻き分け、なんとか彼女の脇に膝をついた?
「ね、大丈夫?」
「……」
かすかに首を横に振ってみせる彼女を見て、亨はきっと自分の背後に立っているであろう人物を怒鳴りつけた。
「流依―――――っ!!!」
その声を聞きつけ、流依はむっとしたように亨を見た。
「なんだよ。邪魔すんな」
「それどころじゃない、このバカ!!周りを巻き込むような喧嘩しないでよ!!この子の顔面に思いっきり当たっちゃったでしょ!!」
わずかな血をつけて転がっているバケツを指差しながらわめく亨を見て、流依はため息をついた。
「…悪い」
バケツを拾い上げながら、亨と、顔を押さえている女子に近づく流依。彼は彼女の前に膝を着いてたずねた。
「大丈夫か?」
普段滅多なことがない限り、他人に、しかも女子に話しかけることはないが、今回(少なくとも2割がたは)自分が原因なのだから仕方がない。
すると、彼女は押さえていた片方の手をゆっくりとはずし、涙でいっぱいになっている片目で流依を見上げた。
そして、驚きのあまり硬直している彼の名前を、弱々しく呼んだのであった。
「流依兄…」