第8話:謎メンツランチ
ルクレアの後押しもあり、王子と学院長、騎士二人、そして聖女——とかいう謎の集団によるランチが開催されることになった。
場所も移動し、現在は食堂。
南側は全面が窓であり、ところどころにヒビが入っているものの、柔らかい陽光が空間を包んでいる。
中には生徒の姿がちらほら見えるが、転生初日の朝に見た人数ほどはいない。
大半の生徒はまだ避難している。
なら誰がいるのかと言うと、それは屈強な男たち。
話を聞くに、彼らはノルナやアーレスの部下の騎士たちらしい。
建築関係の人らもいるようだが、どちらも筋肉の主張が激しく、顔や服装でしか見分けられない。しかも偏見なので正確性も乏しい。
「おぉ……!」
そんな中、俺の目の前には、分厚いステーキが鉄板の上でジュウジュウと音を鳴らしていた。
周りの騎士たちがステーキを食べているのを見て、頭の中が肉で埋め尽くされてしまったのだ。
——実に食欲をそそる音!
——実に甘美な音色!
あぁ……胸が高鳴って仕方ない!
「えっと、聖女ちゃん? あなた、本当に3日間失神してたのよね?」
「そうです。間違いなく襲撃の日以降の記憶がありません!」
「そんな子が最初に食べるべきはステーキじゃない気がするのだけど……」
「若いからいいんですっ!」
社畜アラサーの身体じゃ、あの脂なんか食えやしない。
胃がもたれて体調不良まっしぐら。
一方、失神しても元気に動ける健康美少女ボディなら……!
「まるでお姉さんが若くないみたいな言い方じゃない……」
「ひゃっ、違うんです! そういう意味じゃなくてですね!?」
何歳かも分からないルクレアの前には、パンとスクランブルエッグ、そしてフルーツがあった。エルフらしく菜食主義なのだ。
くっ、エルフの前で年齢の話をするのは、完全なタブーだということがよーく分かったよ……もう二度としない。怖い。
「そ、それじゃあいただきますね……?」
話を終わらせるように無理やり言ったことで、なんとかルクレアの矛を収めることが出来た。
収めてくれた、かもしれないが、気にしたら負け。
左手のフォークでステーキを押さえ、右手のナイフで切れ込みを入れていく。
焼けた肉の、力強い匂いが鼻腔を満たす。
そして——切り分けた肉を、フォークで口に運ぶ。
「んん~っ!!!」
程よい硬さの肉を噛めば噛むほど、肉の旨味が詰まった肉汁が口の中で弾けていき、その匂いが鼻に抜ける。
その一連の工程を繰り返すことが、これほど幸せだったとは……!
随分と、それはもう遥か昔の記憶でしかなかった。
学生時代、友達と食べに行った焼肉とか、ハンバーグとか、色々なものが連鎖的に思い起こされる。
なんで、若い頃はあんな笑えてたのに、俺は不幸だったんだろう。
……たぶん、肉が食えなくなったからだ。
ノクス・デラージュに命を救われ、その世界に転生してようやくそんな簡単なことに気づくとは、なんとも悲しい。なんとも寂しい。
「美味しい……」
「その、アトラ様? なぜ泣いている?」
「……はぇ?」
泣いている……? 涙を流している?
一瞬、言葉の意味が分からず、その言葉を反芻した。
右手のナイフを置き、頬に触れると、確かに水が流れているのが分かる。
「だ、大丈夫ですっ。皆様、お気になさらず……」
「気にしない方が無理だと思うんだが?」
「お肉を食べて泣く生徒なんて、あたしも見たことないわよ」
「自分、聖女様が泣いている理由が分かりました」
意外な人物から、そんな言葉が飛んで来た。
「ほう? アーレス、言ってみてくれ。私も気になるからな」
印象の薄いアーレスだが、本当に理由を見抜いたのか?
まさか、転生前は肉が食えなかったから——なんて分かるとは思えない。第一、彼の身体なら平然と肉を食えるはずだ。
「肉とは、命の根源。命を食らうことで、我々は生かされている。つまり——涙は生命への敬意!」
「……アーレス? 何を言っている?」
ノルナが頭に疑問符を浮かべながら問いかけるが、それを無視してアーレスは続ける。
「それらは、聖女様が深い慈愛の心を持つことの証左に他ならないッ!」
「意味不明な賛辞はしなくていい!」
「いだっ——!」
至極真面目な顔で立ち上がったアーレスの頭に、ノルナの拳骨が突き刺さる。
「全く……アトラ様に迷惑だろう。命を慈しむ天使の如き精神をお持ちなのは、襲撃の時からよく分かっている」
「二人とも、結局同じこと言ってると思うのはあたしだけかしら……?」
なぁ、この世界の騎士ってこんな変なやつばっかなのか……?
まともな奴はどこにいるんだ……!?
◇
食事を終えた食堂には、ゆったりとした時間が流れていた。
仕事がある騎士たちは既におらず、それは変人騎士たちも例外ではない。
そのため、この場にいるのは、バーレイグ、アラヴァルナ、ルクレア、そして俺の4人だけだ。
「さて、と。そろそろ本題に入らないといけないわね」
ティーカップをソーサラーに置き、ルクレアがぽつりと呟いた。
「……あぁ、そう言えば言っていなかったですね。僕も失念していましたよ」
「ふむ、あれか」
どうやら、3人とも既に知っているらしい。
つまりは俺に関すること……となるわけだが、予想がつかない。
思考を巡らせていると、ルクレアは俺の目を見て言った。
「バーレイグ殿下、ノルナ団長、アラヴァルナくんの3人には、しばらく聖女ちゃんの護衛についてもらうことになったわ」
「……護衛、ですか?」
3人が護衛、か。
それだけじゃ、まだ話の要領を得ない。
俺の疑問に対し、ルクレアは一度頷いて続ける。
「建前としては、『殿下が学院に視察に来たから、団長と私兵が護衛についている』ということになっているわ。ついでに言えば、そこで聖女ちゃんを案内役として付けるの。これで王家との友好関係も示すつもりよ」
なるほど、よく考えられている。
聖女は、学院の中じゃただの生徒だが、対外的には「聖教会のナンバー2」という見方もできるのだ。
一国の王子の案内をするには充分な地位であり、かつ教会と王国の関係が良好であることは間違いなく伝わる。
「そして、本音は逆。殿下と団長たっての希望で、聖女ちゃんの側にいさせてあげるための策なの。アラヴァルナくんが殿下の私兵なのは事実だし、どちらを守ったとしても同じことだもの」
「事後承諾という形にはなってしまったが、それで良いだろうか?」
平静を装っているものの、バーレイグの顔には不安が見え隠れしていた。
それを見た俺は、優しく笑顔を浮かべて答える。
「えぇ。皆さんが一緒にいてくだされば、とても心強いです」
「ありがとう。心から感謝する」
嬉しそうな声色と共に、バーレイグは頭を下げた。
ははっ……こいつの為人はすっかり理解したぞ。
未だ理由はハッキリしないが、「聖女アトラ」という存在に固執しているのは確実だ。
それが可愛いからなのか、聖女としての価値を見ているのか……どちらにせよ、俺の言うことならある程度は聞いてくるはず。
——命を賭して守り、その上まだ横にいたい。
そんな感情、《《依存》》でしかない。
その気持ちを否定する気はないが、大人に利用されない訳がないのもまた事実。
この人生、まだ手探りの状態だが、これからやりたいこと、したいことが見つかるだろう。
その時、王子という存在は切り札たり得る。
「うふふっ。これからの学院生活は、すごく賑やかになりそうですね」
聖女に転生し、破滅を回避し——さて、次は何をしようか。
何をするのも自由な人生、無駄にするわけにはいかない。
聖女としての生き方も面白いが、もう一つくらいあってもいいと思う。
そこで、あえて選ぶのなら……冒険者、なんてどうだろうか?
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