幕間:英傑たちの裏側
本日は2話です!
「アトラ様……」
空がオレンジ色に染まり、太陽が地平線に消えようかという頃。
とある一室には、赤髪の少年と金髪の少女がいた。
少女は安らかな表情を浮かべながらベッドの上で眠っており、少年はその側で彼女の顔を見つめていた。
「僕は……救えたんだ。彼女の運命を変えられたんだ」
内側から湧き上がる喜びに身体を震わせながら、誰に聞かせるわけでもなく、ただ一人バーレイグは呟く。
「きっと、僕らがいなければあのまま戦死してしまっていた。本当に……良かった」
バーレイグは涙を浮かべ、アトラの手を取った。
剣を握ったこともなさそうなほど柔らかい白磁の肌と、自分より小さな指。けれど、トク、トク……と心臓の鼓動が確かに伝わってくる。生きているのだと、どこまでも感じさせる。
自分よりも温かい体温は、胸に宿る感動をより一層高めた。
視線を外せば、神が作ったとしか思えない端正な顔がそこにある。
夕日に煌めく金髪に触れれば、サラサラな手触りが心地よく、ふんわりと花のような匂いが漂う。
「あぁ、今の僕は——最高に幸せだ」
柔和な笑みを湛え、バーレイグはおもむろに腰を上げた。
これ以上、彼女の眠りを邪魔したくなかったのだ。
部屋を出ると、彼の足は迷いなく進み始める。
先ほどから何回か通っているため、道なりは覚えていた。
そうして数分、彼は王子らしくノックをすることもなく、一つの部屋に入った。
扉をキッチリ閉め、目の前の一人以外誰もいないことを確認し、ソファに腰掛けてようやく口を開いた。
「アトラちゃん……っ! 可愛すぎるだろうが!!!」
一国の王子とは思えないような声と表情でバーレイグは叫ぶ。
それは、瞳が♡になっているように見えるほど。
目の前にいる女性はこの反応に驚くこともなく、むしろ同意の頷きを高速で繰り返していた。
「マジで分かる!!! あんな可愛くてちっこくて守ってあげたくなるような存在——まさに聖女! ウチらって本当に幸せだよ!」
女性——ノルナも、騎士団長という恐ろしい肩書とは真逆の状態。
一人称に至っては「私」ではなく「ウチ」になっている。
「その通りだよノルナ! この日のためにどれほど準備してきたことか……報われて、救えて良かった……!」
そう、二人は昔から協力していた。
何を隠そう二人とも——《《心の底から「アトラ推し」のオタク》》なのである。
「雷のような恋を、画面越しではなくこの目で見て続けられる——この幸せのために生きてきたんだよ!」
「ウチらの人生を変えた、一瞬から始まった想いの結晶だからね……!」
アトラは、ストーリーの回想シーンで登場しただけのキャラ。
見た目だけが明かされ、実装されることなく忘れられる存在だった。
しかし、その見た目の可愛さに心を打ち抜かれた者は数知れない。
一瞬の登場なのに、それほど人気を獲得してもいるのだ。
「そんな風に推してたら、いきなり転生してた時は本当にびっくりしたよ……本当に仲間がいてよかった」
「ウチとか普通のJKだったのに、いきなり騎士の名門の娘に転生とかあり得なさすぎるもん……!」
二人が転生したのは数年前。
ゲーム本編から見ても、かなり昔のことだ。
そこで二人は、ゲームの運命を変えようと必死に生きた。
目的はアトラを死なせないこと、ただ一つ。
「そんなこと言ったら、僕も普通の高校生だったのにいきなり王子だぞ?」
「うっ、そうだった。互いに大惨事だったんだ……」
「ゲーム知識でなんとかここまで辿り着いた、って感じだもんね」
そう言った後、バーレイグは顔持ちを真剣なものに改めた。
王子らしく鋭い眼光は、この場の空気を引き締めるには充分すぎた。
「だけど、ここはスタートライン。大変なのはこれからだ」
「完全に運命を変えちゃったわけだもんね。ウチらのゲーム知識がこれからどこまで役に立つか……」
不意に沈黙が訪れる。
時間にすれば数秒だったそれを、バーレイグはゆっくりと破った。
「アトラちゃんの情報はかなり少ない。本人に聞いて、二人三脚ならぬ三人四脚でやるしかなさそう」
バーレイグやノルナは、キャラとして実際に操作できた。
だから、技や魔法についてもよく知っている。
一方、聖女アトラの魔法は回復魔法に限られており、日記にもそれ以上の記録はない。
彼女の存在と死は物語上で重要だが、提示されているのは「清楚で誰にでも優しく、そのうえ聖属性魔術を扱える」という一点だけ。
つまり、転生者といえども本人に聞かないことには何も分からないのだ。
「そういえばさ、あの岩鎧の長を倒した虹色の攻撃ってなんだっただろ?」
首を傾げながら、ノルナは問いを呟く。
それを聞いたバーレイグは、少し姿勢を前のめりにした。
「それは僕も気になった。ゲームにいる聖女はアトラちゃんじゃないけど、回復と攻撃については、詠唱も効果も同じだった。でもあの大魔法は……」
「——アトラちゃんだからこそ?」
それを聞いたバーレイグは、顎に手を添えて思案する素振りを見せた。
「やはり、二人の聖女は全く同じではないということか」
「ゲームの聖女、今でいう聖女候補ちゃんは回復とバフに特化してたよね」
「でも、アトラちゃんは岩鎧の長を倒すほどの攻撃魔法を使った。つまり攻撃を得意としてる可能性はある」
おぉ! と感嘆したようにノルナは声を上げた。
バーレイグはそれに満足感を覚えつつ続ける。
「ってことは、戦闘に関する知識を蓄えてもらえれば、自衛を充分に出来るようになるかもしれない」
彼らの目的は、永遠に推しの側にいること。
ここで救って終わりではないというのは、それが大きな原因となっている。
「じゃあ、アトラちゃんが起きたら戦闘に関して色々しなきゃだね。なんだかワクワクしてきたっ!」
「彼女は根っからの聖女。行動や言動からもそれを感じていた。誰も傷つけないために生きているのが分かった。だから、僕たちがずっと、平和に暮らせるようにしないと。いずれ、《《最強の聖女》》になり得る逸材なんだ、彼女は」
二人の言葉には、強い覚悟と愛情があった。
その想いが、この世界をどこまで変化させていくのか——それは、今は天使でさえも知らない。
「面白い!」「続きが読みたい!」
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