幕間:評議会
石造りの回廊に囲まれた中庭に、一人の大柄な剣士が立っていた。
木々のざわめく音だけが聞こえる中、ロザルク・ガルドレオンは目を閉じ、剣の柄に手をかけていた。
その姿は、何かを思案しているかのようだった。
実際、彼は脳裏に一人の女性を思い浮かべていた。
「……何が聖女だ。かの狡猾なエルフは、果たしてどんな化け物を飼っている」
心のざわめきが口から溢れてしまう。
それに気づいた彼は目を開き、剣を鞘から引き抜くと、目の前にあった藁束を力任せに切り裂いた。
直後、藁束がドサリと倒れた。
その断面は異様なほど綺麗だった。
それは、彼の剣士としての熟練した実力を静かに物語っていた。
「まさか、こんなにも手を煩わせられるとはな」
かつて、銀髪の少女の首を握りしめた左手に目を落とした。
タコがいくつもある、分厚い手だった。
「学院にいる大半の人間は生きていてはいけない者だ。だが有象無象はどうでも良い」
左手を握りしめ、再び憎悪を込めて名を呟いた。
「アトラ・ルミディーナ——台本教書に名を残し、そのうえ台本教書に抗う愚か者……」
聖女アトラは、魔族の襲撃で命を落とすはずだった。
しかし、台本教書に抗った第三王子と騎士団長により救い出され、既に台本教書に書かれた世界の運命から大きく逸脱している。
それを、彼は許すことが出来ないのだ。
「——必ず、吾輩が討ち取ってみせよう」
心を落ち着かせるように剣を鞘に収め、おもむろに歩き始めた。
昼間だというのに薄暗い廊下を歩いていくと、稀に文官とすれ違った。
その度に皆一様に敬礼し、ロザルクは頷いて返した。
それもそのはず。
彼はこの国の——リノヴァルト帝国の支配者の一人だ。
彼の歩みを止める者などいない。
警備兵が殺気を放ちながら守る部屋にさえ、彼は堂々と入ることができた。
「ようこそ閣下。扉をお開け致します」
扉をくぐると、様相は一変した。
柔らかな木の壁を、大量の照明や窓からの光が照らし、そこにいるだけで気分が穏やかになる——そんな空間だった。
奥まで続く廊下を進み、右側にあった、数えて5つ目の扉を開いた。
そこには水色に淡く光る魔法陣があり、それに乗った瞬間に魔法陣が淡く揺らめき、光が視界を覆った。
「やぁ、待っていたよ」
それは円卓だった。
5つの席と、それに座る4人——男性が二人、女性が二人。
各々の面持ちも態度もバラバラだった。
それでも、彼らはここに集っている。
「全員揃っているようだな。吾輩の招集に応じてくれたこと、感謝する」
「当然さ。僕らは君の怒りに理解を示している。台本教書は絶対、だからね」
最初にロザルクへ声をかけた青年はこの場を取り仕切るような態度で言葉を交わす。それは咎められることのない、対等な者の証左だ。
「セフィナは当代聖女が許せない。神の愛人アトラ。台本教書通りにならなかった変数」
くすんだ黄色の髪の少女は淡々と呟く。
すり減った精神が熱を帯びたような口調だった。
「拙者はどうでも良い。我が主にさえ手を出さぬのなら、それで。ただし、台本教書に抗う者が主と出会わないはずもない」
黒い装束に身を包んだ少年は、自らの主を思い浮かべながら言う。
主の崇高さと偉大さを信じ、アトラが進む未来を見透かしているようだった。
「それで、アトラは罠にかかりそうですか? 私の権限を使ったのですから、必ず遂行していただきたいのですけれど」
赤髪の女性は、不安を見え隠れさせながら問いかける。
皆から見えない足元では、貧乏ゆすりをしている。それが、彼女の本性だ。
「皆の意は分かっている。吾輩は、何が何でもアトラを殺さねばならない。そのために此度は力を借りているのだから」
「運命の神の使者たる僕の為にも頑張ってくれ。台本教書に世界を従わせるための組織——評議会のメンバーとして」
「無論だ」
彼の行動理念は、ただの憎悪ではない。
それは「台本教書」に自らの名が存在しなかったことへの、根深い嫉妬だった。
死ぬはずだった聖女が生きながらえている——その理不尽が、彼の胸を焼いた。
自分は誰よりも努力し、立身出世のために人生を捧げてきた。
頂点に立つことだけを夢見てきた。
だが、運命の神の使者に誘われ、評議会の「台本教書」を知ったとき、そこに自分の名がないと気づいた。
それから彼は、主である皇帝を裏切り、世界を運命に従わせるために動き始めた。
「……そうだ。皆に見てほしいものがあるのだった」
ロザルクは使者に目線をやると、この空間の扉が開き、仮面をつけたメイドが一人の女を連れてきた。
彼女は恍惚とした表情を浮かべ、虚空に向かってうわ言を繰り返している。
「彼女は学院を偵察させていた帝国の諜報部の者だ。なぜかは知らないが、帝城に放置されていたのを回収した」
耳を澄ませば「どこですか、愛しい白夜様ぁ……♡」と、喘ぎにも似た声で身を悶えさせている。
「セフィナが見る」
諜報部の女より幾分小柄だが、セフィナは臆することなく女の目を覗き込んだ。
「……これ、聖女の魔力。脳みそ全部、侵食されてる」
その言葉に、ロザルクは驚きを隠せなかった。
自分が銀髪の少女——レキにしたことと同じだったからだ。
どんなアーティファクトを使ったのか分からない。しかし、同じ事が可能であることが確定してしまった。
「吾輩の施した洗脳は意識を朦朧とさせる程度。これほどの侵食は……次元が違う」
「すごく危険。やっぱりセフィナの言う通り、すぐにでも殺すべきだとセフィナは思う」
「それじゃあ、そうしよう。僕は賛成だ。皆はどうだい?」
当然、反論などあるはずもなかった。
彼らの目には、ただ一人の敵が——聖女アトラが映っている。
既に、その化物と目を合わせていることも知らずに。
「面白い!」「続きが読みたい!」
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