第22話:剣士アトラ
「軸がブレている。視線を真っ直ぐに!」
「は……いっ……!」
腕が痛い——!!!
今にも折れてしまいそうなほど悲鳴を上げている。
けれど、回復魔法を使う暇はない。
ダメとは言われていないのだが、そんな油断をすればすぐさま鬼の声が耳をつんざく。
「110、111、112……」
「うぐうううっ……!」
さて、俺は何をしているのか。
そう——素振りだ。
騎士団長ノルナによる監督の下、まずは身体の軸がブレないように剣を扱う訓練をしている。
この前ライナルトを倒した実績もあってか、無駄を削ぎ落とした実戦仕様の指導なんだとか。
俺を狙うロザルクは、諜報部や王国貴族を使ってちょっかいを仕掛けてきた。けれど、双方失敗に終わっている。
だからこそ、三度目の正直でロザルク本人が襲撃に来ると踏んでいるのだ。
生憎と時間がないから、型までは詰め込まない。
「196、197……」
「ぬうううう!!!」
「199、200!」
「ぬわああん疲れたもおおおおおおん……!」
ノエルが力強く言った次の瞬間、俺は一気に身体を脱力して芝生に倒れ込んだ。
芝と汗の匂いが混ざり合い、それらを吸っては吐く。
それを十数回ほど繰り返せば、次第に落ち着いてきた。
雲に顔を隠した太陽が視界の端を照らす。
そよ風が肌を撫で汗を乾かす。
「祝福よ……!」
心地よい疲れを楽しんだところで回復魔法をかけ、疲労を吹き飛ばす。
もちろん筋肉の密度も上げ、しっかりと身体を仕上げていく。
「本当に羨ましいです。最初の頃は筋肉痛で一歩も動けない、なんてことザラにあったというのに……」
「もしかして、これで一儲け出来ちゃいます?」
ほんの冗談のつもりで言ったのだが、ノルナは真剣な顔で頷いた。
「……マジですか?」
「マジです」
「この力は隠して生きていきます……」
「それが良いかと」
一般的な回復魔法は傷を癒やすのみで、俺のように疲労回復や身体操作は出来ない。
それが周囲に露呈、なんて事になってしまえば、ともすると俺自体が商品になりかねないのだ。
「では、休憩もほどほどに。そろそろ再開しましょう」
◇
それから1時間。
背中は地面と完全に垂直になり、剣を振る速度は数倍になり、振り下ろす腕はブレがなくなった。
「……正直、言葉を失っています。そのスピードで剣の基礎を完璧に出来る人は見たことがありません」
やはりこの聖女、フィジカル系なのではないだろうか。
“癒やしと正義を司る光の神ハシースに愛されし者”が聖女なわけだが、他の神——それこそ戦いの神とか——にも愛されているような気がしてならない。
「となると……模擬戦、とかどうでしょう? 今の実力で私に勝てるかは分かりませんが、必要な技能を得ることが出来ると思います」
「騎士団長と模擬戦……お、お手柔らかにお願いしますね……?」
「うふふっ」
あ、ダメだこれ。
そんな予感がするような、怖い笑顔だった。
「距離は3メートル。制限時間はなし。降参するまで終わらない——それでいいですか?」
少し厳しすぎるような気もしたが、実践——《《実戦》》と思えばそんなことは言ってられない。
真っ直ぐに頷き、互いに背を向けてゆっくりと歩いていく。
「ちょうどこれくらいで3メートルです」
ノルナの制止で足を止め、再び向き直る。
彼女の表情は既に剣士のそれになっていた。
——息を吸う。時間をかけて吐く。
全身に血が流れる感覚を味わい、脳が冴える。
「用意は出来ましたか?」
「——はい」
「では——始めッ!」
声が鼓膜を揺らした刹那。
ノルナは一歩踏み出していた。
すぐに歩みは加速していき、およそ二歩の間合いまで来たところで木剣が斜めに振り下ろされる。
右上から迫る剣を剣で防ぎ、受け流す。
そのままノルナの腕は後ろに逸れるが、反動を上手く使って次は左上から切りかかってくる。
(マジでゲームで見た動きのまんまじゃねぇか……! なんとなく予想は出来るが反撃する暇がねぇ!)
再び受け流す事はできたが、次は返す刀で右下からの逆袈裟斬り。
これは剣で受け流せないと悟り、腰を大きく反らして剣の軌道から避ける。
(あっぶねぇ……!)
なんとか回避できたことに安堵していると、鋭い声が飛んでくる。
「それでいいんですか?」
見れば、彼女は腕を引き絞り、腰を落として突きの体勢になっていた。
間違いなく、瞬きの間に剣先は俺の腹、良くて脇腹を刺す。
「祝福よ——ッ!」
咄嗟に叫び、神経伝達速度をほんの一瞬だけ数倍に早める。
同時に、左足を軸に右足を滑らせ、腰を落として身を低くする。
直後——風を切る音と共に、剣が目の前を横切った。
小さく吸った空気から死の匂いを感じるほどの近さ。
数ミリ先に、死神の鎌が迫っているのだ。
(ノルナの攻撃モーションを考えれば、次は……)
そう考えている間にも、彼女の攻撃は止まらない。
次の動作を思い出し、身体の向きを反転させながら右足を前に出す。
力強く踏ん張り、そのまま大きく二歩ほど進んでノルナの背後に回り込む。
「これなら——」
「見切ったッ!」
直後、ノルナの身体が一瞬にしてこちらを向いた。
人間とは思えない速度で反転したのだ。
刀身は俺の胸元へ吸い込まれるように動き、強烈な一撃を叩きこむ。
「い゛っ……!?」
真剣ならば胴体を両断しただろう一太刀。
しかし木剣であるが故に、肋骨の折れる音を響かせながら、俺の身体は勢いよく後ろに転がっていく。
「降参しますか?」
「けほっ、けほっ……」
肋骨だけでなく血管も損傷したのだろう。
口の中が鉄の味に塗れている。
それでも喀血しながら立ち上がり、血の付いた口元を袖で拭い、ノルナの冷徹な目を見つめる。
「するわけ、ない、でしょう……! 祝福よ!」
全身の痛みは、たったそれだけで消え失せた。
とはいえ、先程から笑ってしまうくらいに頭痛がする。
度重なる負傷に素振りの疲れ、そして魔法の行使——もはやどれが原因かも分からない。
魔法は、使えてあと3回といったところか。
それ以上使うことも出来るとは思うが、先に頭が割れてしまいそうだ。
「分かりました。では、私も魔法を解禁します。死なないようにお願いしますね?」
一歩。
地面を重く揺らすほど強い踏み込みは、彼我の距離を数メートルから腕一本程度まで縮めた。
「貫霜剣!」
「光よ!」
刀身から溢れ出す氷の嵐に対し、竜のように蠢く眩い光がぶつかり——相殺する。
氷の破片や光の粒が弾け、煌めきを放ちながら舞う。
そしてその間には、致命的とも言える空白が生まれていた。
ノルナは腕を伸ばしきっている。
剣先は俺の胴体に届いていない。
あとは——素早さが物を言う。
「はぁっ——!!!」
右半身を捻り、遠心力を使って剣を加速させていく。
ノルナの白い首を捉え、刀身を軽く——筋肉が悲鳴を上げるほどの急ブレーキだが——首にぶつけた。
勝ちを確信したその時、俺の首には冷ややかな感触があった。
次の瞬間、二人は同時に動きを止める。
互いに呆然とし、数秒の静寂が訪れた。
「これは……?」
「相討ち、ですね」
苦笑いで言った彼女の目には、どこか悔しさが浮かんでいるように見えた。
まるで若人の——青春の1ページを刻む者の、明るい眼差しだった。
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