第21話:拝啓、この手紙
授業の休み時間。
復帰したレキやミリアと、俺は他愛ない雑談をしていた。
周囲もそんな感じで、教室はお淑やかな女子たちの声で満ちている。
そこに、足音が2つ近づいて来た。
「アトラさん。聖教会の本部から司祭様がいらしているわ」
先生の声が聞こえ、その方向を見る。
そこには先生と、見覚えのない女性が立っていた。
服装は確かに司祭——法衣を着た女性だ。
しかし、その視線は蛇のように鋭く、深緑の髪はトグロを巻いているように見える。
それがどうにも全身を舐め回されるような感覚を感じさせ、背筋が震えた。
「はじめまして、聖女アトラ。本部より、お手紙を差し上げに参りました」
女は懐から手紙を一つ取り出した。
それが差し出される時、身体が近づき、強烈な香水の匂いが鼻を刺激した。
スパイシーでありながら花のような柔らかさ。
官能的とすら言える、妙な華やかさ。
それらに顔をしかめそうになるのをこらえながら、俺は手紙を受け取った。
「ご足労頂きありがとうございました。学院には滞在されるのですか?」
「いえ。すぐにでも本部へと帰ることになっておりまして。これにて失礼させていただきます」
そう言って、女は来た道を引き返していった。
先生は案内役なのか、慌てて女の前を歩き始める。
「不思議な人だったね~」
「ちょっぴり怖かった……」
未だに肺の中を漂うあの匂いを思い出しながら、教会の蝋印が押された手紙を開けた。
「どんなことが書いてあるんだろう」
「私も全然分からない。突然のことでびっくりしてて……」
「はいはい! じゃあこのレキちゃんが読みます!」
彼女が読み上げた内容をまとめるとこうだ。
——教会は聖女を呼び戻すことに決定した。
——そのため、1週間後に改めて護衛付きの迎えを送る。それまでに用意を済ませてほしい。
——決定が遅れた理由は、魔族という脅威を前に協議が難航したから。それは謝罪させてほしい。
「アトラちゃん……いなくなっちゃうの!?」
「それはわたしも寂しいですっ!」
「1週間、か……」
これまた随分と急な話だ。
地方への出張もこれくらい急に決まったのは嫌な思い出だが……何があったのやら。
六空法が俺を狙っているから、というのも理由の一つだろうか。
でも——
「何か、引っかかる……」
先日やってきた国王が関係しているとは思えない。
もし関わっているならあの時に話していただろうし、もう少し良いように取り計らってくれるはず。
つまり、国王の意図は関与していない。
加えて、決定が散々遅れたのに手紙を渡すのは司祭一人というのも納得がいかない。
本当に急ぐなら、既に迎えを用意していてもおかしいくはないだろう。
「まさか、何かの陰謀……?」
「や、やめてよミリアちゃん! あたしもう怖くて仕方ないんだから……!」
「わたしだって怖いよ!?」
ひたすら思い悩む俺の横で、ドタバタと騒がしい二人。
それを見ていたら、深く考えすぎるのも何かが違う気がしてきた。
「とりあえず、気楽に行こうかな」
「うんうん! それがいいよ!」
凝り固まった頭をほぐすように、背伸びを一つ。
ふっと力を抜くと、全身に血が巡っていく。
そして——心なしかクリアになった世界を横切った影に、一つの発見をする。
「ライナルト……」
「親の威を借りる狐がどうしたの?」
「ミリアちゃん一旦深呼吸しようか」
あの一件以降、ミリアはライナルトに対して静かな憎悪を抱いている。
親子揃ってめちゃくちゃだったり、俺に迷惑をかけたりしたのが許せないらしいのだ。
「すぅ……はぁ……それで、どうしたの?」
「ふと思ったんだよね。この学院で私のことを嫌いなの、あの人しかいないなって」
「確かに。普通ありえないもんね」
「あたしもそう思う!」
実際、本当におかしいのだ。
生徒会長演説の後、俺に対して友好的でない人間はいなくなった。
それは魔力を振りまいたからであり、効果は帝国の諜報部で再確認も済んでいる。
だから、《《ライナルトだけが俺に反骨精神を抱けるのはおかしい》》。
「聞かないと」
「えぇ!? 本気で言ってる!?」
「わたしだったら勇気いるなぁ……『なんでわたしのこと嫌いなの』って聞くの。さすがアトラちゃん……!」
違和感の種は全て潰すべきだ。
放置すればするほど、大量の仕事や上司からのパワハラがどんどん生えてくる。
「ライナルトくん!」
彼の机に手を置き、上から見下ろすような状態になる。
両サイドは二人が囲み、ライナルトに逃げ場はなくなった、
「……なんだよアトラ。俺に構うなんて珍しいな」
数日前とは比べ物にならないほど顔は暗く、目線は全く合わない。
確実に心境の変化があったのだと、一目見れば分かる。
「私が生徒会長として就任演説をした日、何をしていました?」
「覚えてないのか? 俺はあの日授業を休んでいたんだ」
「あの日はかなり忙しく、あなたがいるかいないかを認識する暇もなかったんです」
その言葉に、横の二人もうんうんと頷いて同意を示す。
「すっっごく忙しかったよね! あたし、もうこりごりだよぉ……」
「あんなに大勢の前に立つの初めてで、わたしも緊張しすぎて記憶がない」
「二人はともかく、アトラは酷くないか?」
少しではあるが、普段の調子を取り戻し始めた。
反骨精神と呼ぶにふさわしい、その心が復活してきている。
「お気になさらず。気にする意味もないです」
「お前は本当に聖女かよ!」
やっとエンジンが温まってきた。
そろそろ本題に入ってもいいだろう。
「それで、授業を休んで何をしていたんです?」
「賢いアトラならなんとなく察してるんだろ?」
こいつに謎解きを出題されては、考えたくなる。
すぐに答えを聞くのは癪に障るしな。
「あなたに関連して起きた出来事……この前の突撃事件……」
会長就任後に起きたライナルト関連の出来事は、父上突撃事件しかない。
その時彼はなんと言っていたか……
「アトラちゃんっ。確か……聞いていた通りの剣幕、とか、噂とか言ってたよ」
「それだ!」
答えに必要なピースは集まった。
それをつなげれば……正解が導き出せる!
「授業を休み、エイカム伯爵に私のことを報告した。その後、彼は学院に突撃して私を直接見定めようとしたが、国王陛下が来るというハプニングでやむなく中止にした——」
「その通りだよ。ちっ、本当に賢しいよな、お前」
「あなたは頭をもう少し使うべきだと思いますけどね」
「もう隠す気ないだろ……!?」
なるほどな……だから俺の魔力で洗脳が出来ていないのか。
それのせいで色々と大惨事が起きそうになったとは、運命というものは恐ろしい。
「それで、伯爵は他に何と?」
「これは父上の独り言なんだが……『評議会の方々からの任務、成功させればもっと上に行ける……!』とか言ってたな。評議会が何かは知らないが、陛下が来ては流石にどうしようもない。とはいえ、盛大に怒られたみたいだったよ」
「それであなたもゲンナリしていたわけですか。親子揃って色々と失敗しては明るく振る舞えないでしょう」
「くっ……」
皮肉でもなく、ただ正論を言ったつもりだが、正論すぎて彼も反論やツッコミを返すことが出来なかったようだ。なんだか同情してしまう。
「評議会……気になる存在ですね。伯爵を裏から操れる存在で、国王の庇護はない」
「アトラちゃん。それって炎の覇者? と関係はないのかな。もしかして別の勢力?」
「そうだったら敵が2つになっちゃうよ~!」
「いや、それはないと思う」
首を傾げる二人に、俺は考え込んだ姿勢のまま話し始める。
「私を監視していたのは3つの勢力。王国は敵対していないから除外して、残るのは帝国と公国。けど、公国の忍者は即時撤退を選んでる。つまり、本格的に事を構える気はない。帝国は炎の覇者が私を狙ってるわけだけど、彼は当然王国の中で国王陛下より力を持たない。つまり——」
「全部あのロザルクって人が悪い!」
力強く叫んだレキに「正解」と言葉をかけてあげる。
そうすれば、レキは嬉しそうにはにかんでみせた。
「……何の話だ?」
唯一ここらへんの事情を知らないライナルトはきょとんとしていたが、教える気もないので無視しておく。
「よし、二人とも。敵の正体が完全に分かったね」
「評議会という謎の組織に所属する、六空法のロザルク——通称『炎の覇者』だね」
「さ、さすがミリアちゃんっ……あたしはロースハムまでしか覚えてなかった……」
「全然違うじゃん!」
となると、あの教会の司祭という女も怪しい。
さすがに手駒はエイカム伯爵だけではないはず。
貴族たちを動かせるなら、この国と関係性の深い聖教会に潜入することも出来る。
そう——これは罠だ!
「それじゃ、放課後に生徒会室で対策会議をしよう。もしバーレイグ殿下とかノルナさんを見かけたら伝えておいてくれる?」
「うん!」
「分かったよ!」
間違いなく、戦争の時は近い。
タイムリミットは恐らく1週間。
あぁ——燃えてきたじゃねぇか。
「面白い!」「続きが読みたい!」
など思っていただけましたら、
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