幕間:学院会談
談話室——教室と同じくらいの広さの部屋に、年齢の異なる五人が座っていた。
長方形の机を囲んだ面々は、人数こそまちまちだが、その配置には明確な身分差が滲んでいた。
昼放課の喧騒がぼんやりと響く中、荘厳な雰囲気で包まれているのは些か奇妙と言える。
しかし、それには至極当然な理由があった。
「では……陛下。わざわざここに来られた理由をお聞かせ願えますかしら?」
この場における最年長であるルクレアが、陛下と呼ばれた男——セリオールを目を見て言った。
セリオールは「あぁ」と呟き、向かい側に座る金髪の少女に目線を合わせ、ゆっくりと頭を下げた。
「まずは、貴女を無断で監視していたこと、謝罪させてほしい。聖女アトラ・ルミディーナ殿。申し訳なかった」
アトラは、彼が頭を下げてから脳内で5秒を数えた。
社会人としての経験で、謝罪に来た人間の纏うオーラというものを知っていた。
会った瞬間から感じていた「違和感」はこれのことだったのだ——と、すぐに理解できたのだ。
「頭を上げてください、陛下。謝罪は聖女の名において受け入れさせていただきます」
柔和な笑みと共に、優しく言葉をかける。
それを聞いたセリオールの顔には、微かに安堵したような形跡があったが、それに気づいたのはアトラだけだった。
「魔族の襲撃以降、私は何かと悪目立ちしていますから……監視を付けられるのも、仕方のないことだと思っています」
「そう言ってくれると助かる」
セリオールは、悠然とした格好で座るアトラをじっと見る。
上から下まで推し量るように。
(16歳くらい、だったか……あの頃とは似ても似つかないな。6年も経てば相当変わるのは息子や娘に思い知らされていたとはいえ、驚きだ)
代替わりして聖女となったばかりの10歳のアトラは、まるで操り人形のようだった。
運命に従って、周囲の修道女や司祭の思いのままに踊る可愛いお人形さん——それが、国王として、父親として抱いた印象。
今のアトラは、目に光が宿っている。
横には緑髪の少女——友達もおり、息子であるバーレイグも話し相手。
(何を考えているか分からないのは今も昔も変わらないが、不気味さはなくなったな)
その時、赤髪の少年が口を開いた。
彼の手は膝の上にあり、畏まった態度を取ろうとしているものの、どこかリラックスしているのを感じさせる。
「陛下。本当にそれだけなのですか? あなたならば、他に理由があるはずです」
「さすがは余の息子、バーレイグだ。アトラ殿。国王として、アトラ殿に聞きたいことは他にもある。どうかお付き合い願いたい」
「構いません。それで陛下の信頼を得られるのでしたら、いくらでも」
聖女という立場がそうさせるのか、妙に大人びた答えだとセリオールは感じた。
自分の信頼を得る——そう言うのであれば、多少踏み込んだ話をしても機嫌を損ねることはない。
逆に言えば、警戒しなければ-—いくら相手が聖女とはいえ——何をされるか分からない。
それは、セリオールが送り込んだ件の監視が身を持って証明している。
一線を超えないよう、地雷を踏まないよう、言葉を慎重に選びながらセリオールは質問を始めた。
「聖女殿は、これからもスロングス王国にいたいと思うか? 旅に出たいとか、他国を旅行したいとか、そういった希望はあるのか?」
「世界を冒険できたら嬉しいとは思いますが、私の行動一つで多くの人の運命が変わるのだと認識しています。ですから、目先の問題が解決するまでは学院に留まるつもりです」
冒険がしたいと言った聖女は聞いたことがない。その点で、ルクレアやセリオールは皆の何倍も驚いた。
しかも普段、彼女の胸中を知る機会はない。
ミリアやバーレイグは、彼女の本音を聞けたことに喜びを覚えた。
同時に、聖女というレッテルを貼って中身を知ろうとしていなかったことにも気付かされる。
「一つ気になったのだが、目先の問題とは何だ?」
セリオールが投げかけた問いは、その場の全員の表情を一瞬にして曇らせた。
それは聖女だけでなく、この学院にいる全員が直面している問題なのだと彼が理解するのに、数秒も要さなかった。
「その件に関しては、学院長であるわたくしから説明させてください」
気を引き締め、セリオールはルクレアの話に耳を傾ける。
——それは、到底信じがたいものだった。
帝国の頂点に立つ者たちが、聖女の友人を狙った。
その上、聖女の殺害を指示した。
(他国に干渉してきただけでも国際問題だというのに、暗殺未遂まで堂々と仕出かすとは……六空法は何を考えているんだ? それに加え、影の薄いロザルクが主導というのも引っかかる……)
脳が混乱するほどの情報量に思考が追いつかない。
そこでふと、原点に立ち返ったような疑問が湧き上がった。
「そもそも、その情報はどこから得た? その友人だけでは信憑性が薄いと思うのだが」
「あぁ。それは帝国の諜報部を捕縛して、尋問したんですよ」
「流石はルクレア殿。隠密と名高い彼らを捕まえ——」
「いえ、違います。わたくしは殆ど何もしておりませんよ」
狡猾な魔法師として名前が知れているルクレア以外に、帝国の諜報部を捕まえられるような人物がこの学園にいるのか——そんな疑問は、偶然に目が合った金髪の少女が全て消し去ってしまう。
「まさか——」
「私は聖女ですからね。どんな方でも、お話すれば心を開いてくださるんです」
ただの初対面ならば、聖女という肩書きに影響されその言葉を信じてしまう。
しかし、セリオールは絶対に違うという確信があった。
(恐らくこの国で最も強い人間の会話など、会話なはずはない。尋問というのも、そう考えれば拷問に思えてくる……!)
聖女が拷問をするというのは、かなりのこじつけだ。
普通はあり得ない。
それを分かった上で、国王としての勘が叫ぶ。
何が何でも、絶対に敵に回してはならない——と。
彼はもはや、聖女がどれほど罪を犯しても無視する気でいた。
周囲からの絶対的な信頼を得ていながら、各国の斥候を捕縛し情報を吐かせられる能力も持っている。それは魔族でさえも葬れるほど。
彼の中で設定していた脅威度を一段階引き上げ、公国の虚禍津命と同等に聖女を置いた。それは、神に匹敵するという意味に他ならない。
「……最後に聞きたいのは、我が国が他国と戦争状態に突入した時、あるいは有事の際、聖女として協力する意志があるかだ」
それに答えたのは、アトラではなかった。
「それって、アトラちゃんを兵士として扱うってことですか……!?」
「いや、そうではない。聖教会のナンバー2として、協力を依頼するという形になるだろう」
友達を心配する一心で、国王にも声を上げることを厭わない。
そんなミリアの声は、セリオールにしっかりと響いていた。
(もし兵士と似た扱いをしようものなら、猛反発は免れないだろうな)
《《聖女の価値》》。
それは、これから先のスロングス王国において重要な問いとなる。
癒やしの象徴か、武力の権化か。
はたまた——
(ふっ。商談成功、だな。これで俺の自由は保証されただろ? そんであの憎き野郎をぶちのめせば、このアトラ様は平和な限り何だって出来る!)
——自由な少女か。
忍び寄る影は姿を顕にした。
聖女の放つ光は、どこまで闇を照らせるか。
最後まで前を向いているのは、果たして勝利の女神がいる方だ。
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