第20話:邪魔者と高貴な者
臨時クラスの窓に、晴れ渡った空が広がる爽やかな昼下がり。
俺はまたしても、子犬に耳障りな声で吠えられていた。
「エイカム伯爵家の子息たる俺様を剣でぶっ叩いたこと、後悔するがいい!」
「……何の話です?」
今日のこいつは、いつになく自信満々だ。
それが分かってしまうほど、俺はこの男と絡んでいる。腹立たしい。
「ふっ、じきに分かることだ。お前は聖女という肩書きがあるが、領地もないような肩書きは無力なのだから」
察するに、確実にマウントの取れる秘策があるのだろう。
だが、伯爵子息だって一応まだ領地はないはずなんだがな。
自分で自分の首を絞めている辺り、平常運転だ。
「そうですか……行こっか、ミリアちゃん」
「あ、うん」
「おい無視するな!」
……本当にしつこい男だ。
レディに対するマナーがなっていない。
そもそも、俺は忙しい。
聖女殺害未遂事件の黒幕が判明し、やるべきことが山積みなのだ。
学院の防衛強化、戦闘訓練、そして炎の覇者への対策——。
ミリアといるのも、これから昼食を済ませて二人で訓練をする予定だったからだし。
「アトラ、そういえば銀色の犬はどうした? 愛想を尽かされたか?」
銀色の犬——レキのことだろうな。
蔑称のつもりかもしれないが、わりと的確な喩えなだけに言い返せない。
ちなみに、レキは療養という名目で一時的に隔離されている。
本人の希望もあり、学院長が責任を持って警備体制を作ったらしい。
「レキちゃんはお休みです。少し体調が優れないようでして」
「ほぉ? 聖女ともあろうものが、体調不良を看過するのか?」
「なんでもかんでも治せばいいというものではないですから」
「それは言い訳にしか聞こえないなぁ?」
口角を吊り上げて距離を詰めてくる。
ニタニタと笑うその顔が、どうにも俺を苛立たせる。
ミリアも嫌がっているのか、俺の制服の裾を小さく二度引っ張った。
きっと「もう行こうよ」と言いたいのだろう。
——すると、何やら周囲が騒がしくなってきた。
「学院に馬車……?」
「随分と珍しいわね」
「どこかの貴族かしら?」
廊下の窓にはすぐに人だかりができ、外に飛び出す人も現れた。
いくら信徒とはいえ心は学生。好奇心旺盛な時期だから仕方ないとは言えるが、落ち着いて行動することくらいできないものか。
「これは生徒会長として早急に対処すべき事象です。ミリアちゃん。会計として同行してくれる?」
「はいっ!」
流石に「生徒会長」という肩書きには勝てないと悟ったのか、それ以上ライナルトは反論してこなかった。
「行くよ」
人混みをかき分け、二人で手を繋いで馬車へと向かっていく。
「すみません。通してください」
左手に伝わるミリアの体温だけが、俺たちが一緒にいることの証拠だ。だから、絶対に離したりはしない。
「い、いきなり手をつなぐなんて聞いてないよ……っ」
ミリアが何かを言った気がするが、生徒たちの声にかき消されてしまった。
今はそれより、目の前に止まっている馬車の方に意識を向けなければならない。
赤茶色の車体と、大きな四輪の車輪。
扉のある側面には何かの紋章が描かれている。
そんな馬車には二頭の馬が繋がれており、持ち主がある程度金持ちであることが分かる。
馬の毛並みも整っていて、優雅な印象を与える。
既に降りている御者の格好も、平民のそれではない。
そして、ついに馬車から一人の男が姿を現した。
「ふっ、ここが聖教会の学院か。見た目は我が領地にも劣らないな」
それは、金髪の壮年の男だった。
ニタニタと浮かべる笑顔は、どこか見覚えがある。
立ち振舞からは余裕にも似た傲慢さが感じ取れる。
「私はアトラム聖律学院生徒会長、アトラ・ルミディーナです。失礼ですが、あなたの名前を伺っても宜しいでしょうか」
「ほぉ? 君が噂の聖女アトラか。聞いていた通りの剣幕だ。おぉ怖い」
謎の男は嘲笑うような表情で、わざとらしく怖がったフリをした。
小馬鹿にするような、見下してくる視線。
向けられるだけでこんなにも不愉快なものはそうそうない。
ライナルトも似たようなものだが、こいつの方がウザさでは上を行く。
……ん? 待てよ。ライナルトに《《似ている》》?
「父上。ようこそおいでくださいました」
「これは我が息子ライナルトではないか!」
クソっ、やっぱりライナルトの親父かよ!
この親にしてこの子あり、だな。
ライナルトの方が幼くて可愛げがあるぞ。
「ははっ、学院の生徒たちと共に歓迎されるとは思っていなかったからな、良いサプライズだ!」
ふと振り返って皆を見ると、明らかに歓迎しているとは言えない雰囲気だった。
あえて名前をつけるなら、それは「落胆」だ。
ライナルトの悪評は色々と広まりつつある。
それの父親ともなれば、面白いはずがない。
「こんなに素晴らしい舞台を用意してくださったのだから、敬意を払わねばいけないな」
「では、まず名前と来訪の目的をお聞きしても?」
「決闘をしようじゃないか、聖女様」
こいつ……! 全然話を聞かないじゃないか!
本当に貴族なのかよ!?
「アトラちゃんは忙しいんです……! わたしは生徒会会計として抗議します!」
困惑と怒りで脳内が混乱する俺の前に、ミリアが立ちはだかった。
未だ握られた手からは力強い意思が伝わってくる。
トク、トク……と素早く脈打つ鼓動は、その勇気を示している。
傍らには魔導具である本が浮いているのが、本気度の証明だ。
「君の噂は聞いていないんだがなぁ。我が息子よ、彼女は誰だね?」
「すみません父上。眼中にないもので記憶しておりません」
二人の心無い言葉にミリアは何も言い返せず俯いてしまった。
唇を噛み、目を潤わせている。
後ろで見守る観衆も、気づけば静まり返っている。
刹那——静寂を打ち崩すような、馬車の近づく音が響き渡った。
白い車体と金の装飾。
それだけで、どれほど高貴な存在であるかが分かる。
側面に施された金の紋章は、皆が知るもの。
馬車を引く白馬の毛並みは、もはや芸術品と言える。
ゆっくりと静止した馬車から降り立つのは、金髪の偉丈夫。
鋭い眼光は真実を見定め、その腕は民を幸福へと導く——たった一目見た瞬間に、そう思わせるほどの迫力が、彼にはあった。
「モルク・エイカム伯爵。この学院で何をしている? 今日は余以外に訪れる者などいないはずだが」
「その声は……まさか……」
次第に青ざめていくライナルトの父、モルク。
その正体の名を口にしたのは、新たなる闖入者だった。
「陛下! お待ちしておりました!」
「バーレイグよ、久しいな」
第三王子たるバーレイグが陛下と呼ぶ。
つまり——スロングス王国の国王、その人。
「もう一度聞こうか。モルク・エイカム伯爵。この学院で何をしている?」
「し、失礼いたしました!!!!」
モルクは完全に錯乱し、急いで馬車に乗り込んだ。
それを見た御者も御者台に乗り、馬を走らせ始める。
「ち、父上っ!?」
ライナルトはそれを追いかけ、遠く遠くへと走っていった。
「すごい……! 国王陛下だ!」
「私初めて見た!」
「私もよ! バーレイグ殿下のお父上……かっこいいわね……!」
「目の保養……」
ヒーローの登場に観衆も大盛り上がり。
背後から大歓声が聞こえてくる。
「始めまして、と言うべきか。聖女アトラ殿」
「そうですね。始めまして、陛下」
バーレイグと初めて会った時のようにカーテシーをして、優雅に挨拶をする。
けれど、脳内には一つの違和感があった。
今まで会った中でも、特に緊張というか、恐れのような感情を感じるのだ。
モルクは別にしても、バーレイグやルクレア、あるいはミリアとも違う。
慎重に接しているのが、僅かに感じられる。
「申し訳ないが、学院長のところまで案内してほしい」
「聖女として、生徒会長としてお引き受けいたします。では行きましょう」
バーレイグとミリア、そして陛下を引き連れ、俺は学院長の部屋へと向かった。
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