第19話:魔法は聖女の手の中に
白いネグリジェに、赤い染みが広がっていく。
「痛みには……わりかし慣れてきたんだよね……っ」
魔族に潰されたり、槍で刺されたりといった傷に比べれば無痛も同然。
血の匂いだって、もう鼻も脳も反応しない。
だから、気になるのは別のことだった。
転生初日に着ていた服と、転生初日に使ったペン。
それらが揃ったことが、どうにも運命の作為を感じてさせる。
「祝福よ……!」
回復魔法を詠唱すれば、一瞬にして肉は再生し、それに押し出されるようにペンが落ちる。
背後から抱きつくような姿勢だったレキは、屈んでペンを取った。
そして、前に回り込み虚ろな目で凶器を振り上げる。
「微光!」
双光の応用として、逆に微光——微かな光を生み出す。
威力も光量も数段落ちてはいるが、レキの手を攻撃し、ペンを弾き飛ばすには充分な威力だった。
「いたっ……」
「何があったかは分からないけど、正気に戻って!」
「善……を……殺さないと……」
うわ言のようにブツブツと不気味なことを呟いている。
一つ分かるのは、未だ戦意と殺意を喪失していないことだ。
「精神系の魔法……解呪できるのか……?」
考えろ。考えろ考えろ考えろ!
俺はプレイヤーだろ? 誰よりもやり込んだゲーマーだろ?
この程度のこと、どこかで見ているはずなんだ! 分かるはずなんだ!
「アトラ……聖女……」
思考が加速し、情報が溢れ出し、記憶として存在するあらゆる引き出しが乱雑に開けられ、脳内が散らかっていく。
それでも、レキの放った一言を聞き逃すことはなかった。
「——聖女。それだ……!」
聖女は聖属性を司る。
どんな傷も治し、どんな敵も滅せる。
この催眠すら——解ける。
「でも、そんな魔法は知らない……使ったことがない」
でも、俺は魔法を操作している。使えないはずの魔法を使っている。
「なら——いける。《《俺が魔法を創り出す》》!」
脳内でイメージを組み立てる。
どこにどう作用するか……それが分かれば、魔法は俺に従う。
「正しき光よ——果てなき世界の安寧を、再び道へと連れ戻せ!」
刹那——世界は白く弾けた。
部屋全体に聖属性の魔力が拡散し、淡い光が灯る。
ゆっくり目を閉じ、再び開いたその瞳には、もう悪意の一切が感じられなかった。
「……アトラ……ちゃん……?」
「レキっ!」
思わず、その身体に飛び込んだ。
「よかった……私が治せて……」
「えっと……どーいうこと?」
きょとんと首を傾げ、パチパチと瞬きしている。
どうやら、本当に記憶がないらしい。
そのまま不思議そうな声で、レキは続けた。
「あたし、頭良くないから分かんないけど……たぶん、何かあったんだよね。それで、迷惑かけちゃったんだよね」
「うん。でも、迷惑じゃなかった。友達を助ける時に迷惑なんか思わないよ」
嘘はない。
なにせ、新たな魔法を紡げるという収穫があったのだから。
迷惑どころかありがたいとすら思っている。
「ふふっ、アトラちゃん、心も身体もあったかいよね……」
切なく言ったレキの真意を測りかねていると、ぐいっと身体を動かされ——ベッドに押し倒された。
「ちょっ、レキちゃん!?」
レキの綺麗な銀髪が、周囲を覆うように垂れ下がる。
視界がレキでいっぱいになる。
赤い唇がやけに色っぽく見える。
細かな息遣いまで、妙に意識してしまう。
「好きだよ、アトラちゃん」
「!?!?!?」
おいおいマジかよ!?
ゲームじゃ闇堕ちしてボスにまでなったというのに、普通に生きていたらこんな変化を……!?
こ、このまま服を脱がされちゃったりして……っ?
「聖女としても、友達としても。ずっと大好きだよ、アトラちゃん!」
「大丈夫かアトラ様!」
ドアをいきなり開き、血気迫る表情で入ってきたのは、赤い髪の青年——バーレイグだった。
「……し、失礼」
「殿下っ? ちょーっとこっちにおいでください?」
百合の間に挟まる男は殺される。
これは憲法にも書いてある重罪なり。
当然分かっているのか、こちらに近づくバーレイグの足取りも罪人のように鈍重だ。
「殿下、レキちゃんは先程まで精神操作を受けていました。心当たりは?」
「僕はたまたま——って、え? 精神操作?」
弁解しようとしたのだろう。引き絞っていた口から飛び出たのは見当違いな言葉だった。
間抜けな顔ではあるが、王子らしくイケメンなので不細工に見えないのが妬ましい。
前世の俺であればアホそのものだったのに……
「私の回復魔法で治しましたが、それまでは狂乱状態でした。お風呂に入ってた時は正常だったんですけどね……そちらはノルナさんに聞けば分かると思います」
「そ、そうか……成程。何か手伝えることはあるか? 出来る限り協力するが」
「いえ、大丈夫です。今日はレキちゃんを部屋に返して寝るつもりですので」
そう言うと、どこか安心したように、あるいは落胆したように肩を落とした。
だからこそ、ここで一つ言わないといけない。
「まだ話は終わっていません」
声色を変えると、場の雰囲気が一気に引き締まる。
「レキちゃん、ちょっと2人で話して来るね」
暗がりの廊下、俺は静かにバーレイグに向き直る。
「私は確かに学校から抜け出しました。ですが、それは貴方に皆を任せるという意味でもあったわけです。先程は曖昧に狂乱と言いましたが、実際は私に殺意を持って殺そうとしたんです」
ネグリジェの赤い染みを見せる。
バーレイグの額には、一粒の汗が流れていた。
「実際に刺すところまで実行できる魔法。その原因を侵入させてしまうのは、国の主の一族として危うい」
「……本当に、すまなかった。僕の不徳の致すところだ」
90度に近い角度で彼は頭を下げた。
最近緩んでいたのは間違いなかったし、丁度良い機会だ。
「聖女として、貴方を許します。今すべきは原因の究明と解決。いいですね?」
「あぁ!」
無論、俺も気を引き締める。
聖女の友人に危害を加えたんだ、生きて帰れると思うなよ——ッ!
「面白い!」「続きが読みたい!」
と思っていただけましたら、
画面下にある☆☆☆☆☆を押して頂けると幸いです!
ブクマも是非!
それらがモチベになります!!!




