第2話:学院事変
「え、えぇ……大丈夫、です」
「そうか。良かった、あなたを救うことができて」
ぎこちない返事だったが、彼はどうやら気づいていないようだった。
その手に持った大剣を振り、付着した血を払っている。
さて……どうしたものか。
俺の目の前にいる赤髪の青年は、この国の第三王子——バーレイグ・エルダリオン・スロングス。
ゲームの中で主人公の仲間となる、メインキャラの1人だ。
そんな彼がここにいることの不思議さに加え、俺の名前を知っている不自然さ。それらは、転生者であると考えれば簡単に辻褄が合う。
当然、信じがたいことだ。偶然だと思いたい気持ちもある。
けれど、自分自身に起きた出来事が、果たして他人にも起こらないと言えるのか?
そうなれば、転生者と仮定しておくのが良いだろう。警戒するに越したことはない。
助けてくれた以上、敵意はそこまでないだろうし。
とすると、「ここで俺の素性を明かすか? それとも隠すか?」という疑問が浮かんでくる。
迷っていると、先にバーレイグが口を開いた。
「自己紹介が遅れた。僕はバーレイグ・エルダリオン・スロングスと言う」
「ご、ご丁寧にありがとうございます。私はアトラ・ルミディーナと申します」
とりあえず、貴族っぽくスカートの裾を掴んでカーテシーでもしておく。
《《ぽく》》はなるだろう。きっと。
バーレイグは、何も知らない様子の俺を見て、転生者だとはつゆほども考えていなさそうだ。
「アトラ様。お分かりかとは思うが、現在この学院は非常に危険な状態にある。しかし、貴女はここで死ぬわけには行かない」
「どうしてですか!? 私は聖女。この学院の学友たちを救わねばなりません!」
「それ以上に、世界は貴女を必要としている。たとえ世界の運命が歪んでも、僕は貴女を救わねばならない」
世界の運命が歪んでも、か……面白い。
言葉選びからしても、やはり転生者とみて間違いないだろう。
そもそも、俺を救うためとはいえ第三王子が自ら動く必要もないしな。
王立騎士団団長が出てくるならともかく、王族が動くにはそれなりの理由がいる。独断ならばそれも可能だろう。
「さぁ、行きましょう。仲間もじきに来ますから」
片膝をつき、手を差し伸べるバーレイグ。
まるで王子様からの求婚シーンみたいに見えてくるが、それ以上に「仲間」という言葉にひっかかりを覚えた。
「仲間、ですか?」
そう問いかけた瞬間、強烈な邪気を感じた。
同時に、薄らと血の匂いが漂ってくる。
この息の詰まるような圧迫感は、さっきも感じたものだ。
それに気づいた途端、心臓がうるさく騒ぎ出す。
「魔族っ!」
「グシャアアアア!」
「厄介な……!」
教室の入口と、先程壊れた壁の方から、一匹ずつ魔族が現れたのだ。
二匹とも手には斧があり、血が滴り落ちている。
外側の魔族に目を凝らすと、布——恐らく制服の切れ端が付着しているのが見えた。
——思わず、背筋が震えた。
血なんて日常で滅多に見るものではない。
ゲームでも、流血表現はなかった。
否応なく、ここを現実なのだと突きつけてくる。
「ちっ、ノルナは何をしてるんだ……!」
バーレイグが小さく零したその名前は、またしてもメインキャラの1人の名前だった。どうやら仲間とはノルナのことを言っているらしい。
これは……また面白い奴を連れてきたもんだな。
「アトラ様。僕が片方を倒した隙に逃げてくれ!」
「あっ、ちょっと——!」
そう言い放ち、バーレイグは入口に向かって駆け出した。
対して、魔族は斧を大きく振り上げた。
その目つきは、まるで狩人のよう。
心なしか、不敵な笑みを浮かべているようにも感じる。
「ヴィズル流剣技・聖炎爆進!」
斧が振り下ろされる直前、炎が剣を覆い、その勢いのまま魔族の腹に剣を突き刺す。
血しぶきが飛び散り、バーレイグの顔にいくらか付着した。
「グギャアアアアア!?」
足は止まらず、苦しんだような顔の魔族とともに廊下の壁を突き破っていく。彼らは中庭まで出て行くと、バーレイグは燃え盛る剣を引き抜き、斜めに斬撃を繰り出した。
次第に炎は魔族の身体を覆い尽くし、全身が灰になるまで燃え続けた。
「流石の強さだなぁ……」
思わずそんな言葉を零してしまう。
俺はそもそもどんな魔法を使えばいいのかすら分からないのだ、羨ましくもなる。
使うなら、次の聖女——今の聖女候補の技だな。
彼女もゲームキャラの一人で、俺の後を継ぐ存在だ。
王子がゲームで使ってた技を使ってたんだから、俺にも使えると思っていいだろう。詠唱しなければ技が使えないのもゲーム通りだしな。
「グギギ……」
壁側からのそりと歩みを進めていた魔族が、恐怖の滲んだような顔で俺を睨みつける。生命の危機でも感じているのか、俺という存在に畏怖しているのかは分からないが、ある程度の思考はできるようだった。
「俺も、覚悟を決めるしか無いか……」
やはり戦わずに生き延びるなど、不可能に等しい。
まさにぶっつけ本番。
怖いと言えば嘘になるが、やるしかない。
「グギッ!」
「——聖なる光よ、我が敵を浄化せよ!」
血走った目で斧が振り下ろされる刹那。
記憶にあった聖女の呪文を詠唱すると、俺の身体から眩い光がほとばしり、雷のような軌道を描いて魔族の胴体を突き抜けた。
「ギッ——!?」
魔族は一瞬の断末魔を上げると、白目を剥いてその場に力なく倒れた。
手に持っていた斧も同時に落ち、ズシリとした重みの振動が地面をわずかに揺らす。
その後も第二撃を構えていたものの、魔族はピクリとも動かなかった。恐らく死んでいる。
直後、何かが身体に流入したような感覚があったが、それはすぐに消えた。
「な、なんとかなったぁ……!」
俺も身体から力が抜け、ふらふらと座り込む。
ゲームのキャラたちがこんな怖いことを繰り返していたとは、全く以て想像できていなかった。
そう考えると、物怖じせず戦っているバーレイグはどれほどの研鑽を重ねたのか……俺より随分と早く転生しているように思えてならない。あいつが歴史をぐちゃぐちゃに改変してないといいんだがな。
「アトラ様、大丈夫だったか?」
悠然でありながら警戒したような素振りでバーレイグが歩いてくる。
緩んでいた気を引き締め、なんとか立ち上がり、目線を合わせる。
「えぇ、なんとか。魔法が通用して良かったです」
「聖属性の魔法……この目で直接見るのは初めてだった。本当に美しい。しかも、魔族への効果はそこらの剣や魔法とは次元が違うようだ。僕は最強の剣技——必殺技を使ってやっとだというのに」
魔族特攻を持つ聖属性魔法は、今のところ俺しか使えない。
これがあれば、この襲撃もなんとか乗り越えられそうだ。
にしても、一発で魔族を倒せる存在か……だから俺は殺されるんだな。そんなもの脅威でしかないだろう。ゲームでは育成を極限までやらないと一発なんか無理だというのに。
バーレイグは毎回必殺技を使って大変そうではあるが、どうにか頑張ってもらいたい。
「では行こう。目標は、学院に侵入した魔族の殲滅ッ!」
聖女最高! 聖女最高!
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